日本バングラデシュ協会に参加の皆様へ

  日本バングラデシュ協会 メール・マガジン(第6号)

                          2015年1月13日
■目次
1)「日本バングラデシュ友好関係の新たな流れ」 会長:堀口松城
2)「バングラデシュの八幡製鉄所カフコ社と日本」監事:河合卓雄
3)事務連絡

■1)「日本バングラデシュ友好関係の新たな流れ」  明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。 「実際にバングラデシュに行ってみると、そこには貧しい環境でも力強く活気が ある人々の姿を見ることができ自分も元気を貰いました。また、自分がバングラ デシュの現地の人々と実際に会話することで、今まで自分が勉強してきたベンガ ル語の未熟さを痛感するとともに、より一層頑張らなければいけないというモチ ベーションを持つことができました。このツアーでバングラデシュについてさら に学んでいこうと思い、本当に貴重な経験になったと思います。」  これは、昨年2月、バングラデシュ政府の招待で1週間同国を見て回った東京外 国語大学のベンガル語科の10名の学生の一人の感想です。学生たちはダッカで外 務省高官に会い、シシュ・アカデミーで子供たちと交流し、ダッカ大学のジャパ ン・スタディー・センターやショヒドミナールを訪ね、また世界遺産のシュンド ルボンを見学し、上記感想文にあるような多くのことを学んで帰国しました。こ の招待は本年度も本年2月に行われる予定です。  この招待計画は、マスード・モメン在京バングラデシュ大使が、日本バングラ デシュ友好関係をさらに発展させるべく、とくに教育分野に関して現在も1,500名 のバングラデシュの学生が日本の奨学金をうけて学んでいますが、日本のこれま での好意に少しでもお返ししたいとの思いと、ベンガル語科を卒業した学生の一 部は、卒業後バングラデシュ関連の仕事に就くことになる可能性が大きいので、 学生のうちにバングラデシュをより理解していれば、将来の両国の友好関係の強 化に資するであろうとの2つの思いから、本国政府に強く働きかけ多くの障害を 乗り越えて実現したものです。  2014年は日本バングラデシュ関係で大きな進展のあった年になりました。ハシ ナ首相の訪日と、その際の日バ関係を「包括的パートナーシップ」に引き上げる との合意、そして約3か月後に行われた、日本の首相のバングラデシュ訪問として は14年ぶりとなる安倍総理の訪問があり、その際、国連安保理非常任理事国選挙 で先に立候補していたバングラデシュが日本の立候補に道を譲り、日本支持を明 らかにしました。 これまでにも東日本大震災の際にバングラデシュから支援の手が差し伸べられま したが、上記のようなバングラデシュ政府による日本の学生への招聘計画のスタ ート、或いは3年間で倍増した日本企業のダッカ進出など、両国関係は政治、経済、 文化その他の面で拡大と深化を遂げつつあります。  昨年7月、日本バングラデシュ協会の発足に当たって会員からの要望の中に、 「援助するだけの時代から新興国との相互依存の時代への転換点にあるとの認識 に立って、密接な相互依存と交流に役立つ活動を期待する」とのご意見がありま した。本協会としては、変化を遂げつつある時代の中で、さらなる両国の友好関 係の強化を目指してその役割を果たしていきたいと願っています。 ■2)「バングラデシュの八幡製鉄所カフコ社と日本」 1.はじめに 初めてダッカに到着したのは1998年12月8日、カフコ社(KAFCO, Karnaphuli Fer tilizer Company Limited)の財務リストラを成功させるべく、日本側株主、カフ コジャパン投資会社の副社長に就任、カフコ社のDirectorに任命され、初めての ボードミーティングに出席する為のバングラデシュ訪問でした。当時はショナル ゴンホテルの窓から地平線が眺め渡せ、空港からホテルまでは車で15分、交通信 号も無く、リキシャが我が物顔で走り回り、夜は闇が深く、裸電灯の店の周りに は大勢の人集りがありましたが、街は随分穏やかに見えました。 2.カフコ設立構想段階における問題 カフコ社設立の構想は1980年、世銀傘下のIFCがバングラの主たる資源、天然ガス を原料にして有機肥料である尿素を製造、付加価値を創造し、これを輸出して外 貨獲得増大を目指そうと、北欧の官民と共にバングラ政府に働きかけたものです が、民間投資確保の為に想定していた船上プラント案には建設上の制約が多すぎ ると、計画自体が放棄されてしまいました。 その後デンマークのトプソー社が千代田化工建設にカフコ事業再開を持ちかけ、 千代田は丸紅殿と相談、OECFの投資支援、JBICの融資を得、当時のエルシャド政 権の合意を経て、1990年、所謂PPP (Public Private Partnership)、株主がバン グラ政府・日本官民・ヨーロッパ官民構成のカフコ社が設立され、プラントの建 設が開始されました。(実際には、バングラデシュでの事業であるリスクの高さ から、建設資金を集めるのが極めて困難で、最終的には機器調達を条件に、英国 CDC、ルーマニア政府融資までをも取込みました。カフコの資金準備スキームはそ の特異さ、難しさが評価され、後日財務準備に奔走した丸紅・千代田の財務担当 者達が表彰されました。) その直後、選挙でBNP政権が発足し、エルシャド政権下で約束したカフコプロジェ クトへのバングラ政府保証を見直すとして、工事が中断され、建設作業が約1年間 停滞しました。 プロジェクトは再開されたものの、この間世界情勢が大きく変 化、ルーマニア政府融資契約がチャウシェスク政権の崩壊で破棄され、日本から の民間融資への代替策や、工事中断に伴うプロジェクトコスト増加を補填する劣 後債発行の対処等が必要となりました。 3.生産初期のトラブルと解決 プラント建設は1994年末完成し、尿素の生産も始まりましたが、主としてルーマ ニア製機器類の不具合や最新装置操作の経験不足等によるプラント停止の頻発、 ガス供給量不足での減産、更には旧ソ連邦の解体に伴うウクライナ等旧ソ連邦国 家からのダンピング攻勢で(ガス代がルーブルベースの為通貨下落でタダ同然に なった)尿素の国際価格が暴落、カフコ収益が大幅な赤字に転落し、融資返済計 画がデフォールトとなり、1997年には財務リストラが必要な状態となっていまし た。 また、設立の経緯からカフコ社株主の誰もがマジョリティを持たず、会社のトッ プマネージメントは海外公募で選ばれましたが、その契約社長の資質不足が原因 とされる問題が多発し、カフコ社の経営自体が不安定になっていました。 バングラ政府側も事態の深刻さを憂慮し、社長の更迭に同意、財務リストラ達成 のため株主が結束して進めるべく支援体制を整え始めていました。 カフコ設立理念を株主間で再確認し、協力体制を築き、各国融資機関や日本政府 の支援を得て財務リストラは2001年夏に成立しました。 その後は順次プラントの運転効率改善を進め、生産量が増加、マーケット価格上 昇の寄与もあり、カフコ社は2006年には債務を総て完済、バングラ政府を含む株 主への配当を開始して以降、設立目的であったバングラデシュの外貨獲得に大き く貢献出来ています。 4.カフコ社の特色と意義 チッタゴンのカフコプラントを訪問した方々が皆様驚かれるのは、プラント内が 綺麗に整理整頓・保守されており、日本や欧米の大化学会社にも劣らないレベル にある事です。 これは建設時から徹底して守られてきた習慣で、安全第一を目 指すカフコ社の基本理念です。  カフコプラントは1990年当時の最先端の技術が数多く採用されていましたが、現 在では常時アンモニアプラントは設計値の110%、尿素プラントは120%以上での 連続生産が可能になっています。 残念ながらここ数年充分なガス量の供給がな く、減産を強いられていまが、今も尚、世界的に最も競争力のある肥料プラント であると認識されています。 カフコ社がバングラ人スタッフのみでも安定操業を確保・向上させる事ができた 理由の第一は、他のバングラデシュ化学工業公社(BCIC)の肥料プラントとは異 なり、PPP会社であるカフコの日欧株主のサポートで、世界中の一流サプライヤー や関係会社とのコミュニケーションチャンネルが確保でき、日米欧の大化学会社 同様に、常に最新の技術に接し、導入する機会を維持できる状態を続けられた事 です。 第二の理由はカフコの優秀なスタッフの存在です。カフコの従業員は会社設立時 には、主としてBCICの全肥料工場からマネージャーやスタッフ、職人を公募で集 め、更にはBUET(Bangladesh University of Engineering & Technology)出身の トップレベルのエンジニアを採用して来ています。 社員の質は高く、毎年多く の若いエンジニアが湾岸諸国の肥料プラントからスカウトされジョブホップして 行きます。  財務リストラ前後には、更迭された元社長達がメディアと結託しアンチカフコの キャンペーンを展開、事実無根の悪い噂が流され、カフコ社員や家族も肩身の狭 い思いをさせられましたが、現在ではスタッフのモラルも高く、カフコの社員で あることが社会的ステータスであるとも見なされています。 5.バングラデシュ重工業化を担う人材の養成 バングラデシュでは未だ資本蓄積が可能な重工業分野の発達が不充分です。優秀 なBUET卒業生達に必要な就職先も限定されています。海外関連会社と自由に交流 できるカフコ社はその意味では将来のバングラデシュの重工業化に備えエンジニ アを育てる場所にもなっています。また、カフコのボードには政府を代表し、工 業省次官、エネルギー省次官、BCIC総裁らが名を連ね、バングラ政府の重点事業 である事を示しています。 日本でカフコ社を紹介する際、私は「バングラでの カフコ社の立位置は明治初期の八幡製鉄所に相当、或いはそれ以上の会社で、バ ングラのトップエンジニアを集め、次世代を担う若者を訓練できる国策会社であ る」と説明してきました。 実際1999年以降、幾多の困難を乗り越え、IT化に取り組み、Preventive Mainten ance を定着させ、年々生産性の向上を実現させて来たのは優秀なカフコのスタッ フ達です。 更に、2年毎の定期修理工事期間には150名以上のBCICスタッフに応 援を依頼し、カフコの最新技術を見習って持帰りますし、BCICプラントでのトラ ブル発生時には必要に応じカフコスタッフが支援に向かいます。 海外からカフコを訪れるメーカーや技術各社の人々の殆が、カフコスタッフの質 の高さと熱意に好感を持ち、その後は良好な人的・会社間交流を維持してくれて います。 近年チッタゴンの造船会社が小型輸送船のヨーロッパへの輸出を増加させていま すが、早晩バングラデシュでも重工業/重化学工業の拡大が始まることとなり、関 連技術会社間の連携や、情報蓄積の共有が求められる事になるでしょう。 カフコ社はこの動きの中心となってバングラデシュの工業化に貢献して行ける立 場にあるものと考えますし、OBや卒業生を含めたカフコスタッフ達がその方向を 目標に日々努力を重ねており、彼らは本事業に携わり交流支援を続けてきた、主 役としての日本のメーカーや関連各社とそのスタッフ達に大いに感謝し、敬意を 表し、今後も緊密な関係を継続できることを望んでいます。 バングラデシュの重要な資源の一つは人材です。 国の発展・安定化に寄与し、 日本・バングラデシュ間の良好な包括関係の確立、或いは将来世界経済への貢献 等、バングラデシュの人材には大きな期待が寄せられます。  本協会の目指す両国の友好関係の強化は、私が経験した15年間のカフコ事業の中 でも見えた「密接な交流と相互依存の関係」の積重ねから導出せるものではない かと考えています。 以上 カフコ社のホームページ :htpp://www.kafcobd.com ■3)事務連絡  今般、本協会のゆうちょ銀行の口座が開設されました。  会費を未だお払いいただいていない会員の皆様には以下の口座に振込を  お願いします。  経費削減のため、振込のご案内をメールにてさせていただきます。  ゆうちょ口座からの振込  口座名称 一般社団法人 日本バングラデシュ協会       シヤ) ニホンバングラデシュキョウカイ  口座記号番号  00160-2-513606  銀行からゆうちょ銀行への振込  店名(店番) 019 当座預金  口座番号 0513606  会費について:一般法人(営利)会員 5万円、非営利法人 3万円         個人会員 5千円、学生会員  3千円  振込の確認後、領収書を発送させていただきます。 また、会員のご紹介での入会案内には、こちらの入会フォームをご利用下さい。  ●日本バングラデシュ協会 法人申込フォーム   http://www.japan-bangladesh.org/?page_id=79  ●日本バングラデシュ協会 個人申込フォーム   http://www.japan-bangladesh.org/?page_id=85  ●日本バングラデシュ協会 学生申込フォーム   http://www.japan-bangladesh.org/?page_id=89 ◆その他 本協会の活動などについてご意見等ありましたら、お知らせください。 また、メール・マガジンに載せたい昔のバングラデシュ勤務時の思い出など お寄せ下さい。  宛先:info@japan-bangladesh.org (約1000~1200字。体裁上若干の修正あり得ることご了承下さい。) =============== 一般社団法人 日本バングラデシュ協会  http://www.japan-bangladesh.org/