日本バングラデシュ協会に参加の皆様へ

(社)日本バングラデシュ協会 第二回社員総会及び懇親会の開催を予定してい
ます。
今の所、6月27日お昼ごろを予定していますが、詳細は近々ご連絡します

日本バングラデシュ協会 メール・マガジン(第9号)  2015年4月10日

■目次
1)『「インドの仏」展とバングラデシュの仏像』 会長:堀口松城
2)『YKK バングラデシュでの新会社設立』 事務局長 関根鋭二
3)『東京外国語大学とベンガル語』    理事:丹羽京子
4)『行事のご紹介』
5)『バングラデシュの政治、経済関係の動きについて』
6)『事務連絡』

1)「インドの仏」展とバングラデシュの仏像 会長:堀口松城

先日、満開の桜が咲く上野の国立博物館で開催中の「コルカタ博物館所蔵インド
の仏」展を見てきました。
古代初期の仏像が生まれる前の仏塔や、仏を暗示する法輪しか作られなかった時
代から、ギリシャ彫刻をベースとしたガンダーラ仏像から始まって1世紀のクシャ
ーナ朝、5世紀のグプタ朝の時代の仏像を経て、8世紀から12世紀まで続いたパー
ラ朝時代の様式の仏像までが陳列されていました。
パーラ様式の仏像としては、結跏趺坐した右足を下に向け、左手で蓮華の茎をも
つ観音菩薩坐像や、左手で蓮華の茎をもち右脇から頭上に大日、宝生、阿弥陀な
ど五仏を配した「カサルパナ観音立像」が並んでいましたが、とくに後者は黒色
の玄武岩から緻密に彫りだされた美しさが印象的でした。
このパーラ朝については、バングラデシュの歴史を調べていたときに知ったので
すが、ベンガルを本拠地として成立し、ビハール、パンジャブ、ラジャスタンを
含むインド北西部全域を支配し、よく組織された行政組織、国民の福祉優先政策、
芸術・文学の比類ない発展をもって400年もの長い間続きました。
歴代の王は仏教を保護し、パハルプール僧院を築いたり、ナーランダ僧院を庇護
したりする一方で宗教的寛容政策をとり、ヒンドゥー教との宗教的宥和ないし調
和を実現しました。
バングラデシュの百科事典「ベンガルペディア」は、パーラ朝を古代ベンガルの
最も輝ける栄光の時代であったと評していますが、中世、近世を見てもこのよう
な王朝は他にほとんど見られないので、ベンガルの、或いは全インドの、古代か
ら現在に至るすべての歴史を通じて最も栄光に満ちた時代の一つと言ってよいの
ではないかと思っています。
「インドの仏」展は平日であったにも拘らず多くの参観者で賑わっており、宗教
心が薄れてきたとはいえ依然として多くの日本人が仏教ないし仏教芸術に大きな
関心を抱いていることを心強く思うとともに、私たちが特別の関心を抱くバング
ラデシュの一時代の仏像が、「インドの仏」展の主要出展物の一つとして日本で
紹介されていることを嬉しく思いました。
ベンガルの国バングラデシュには、あまり知られていない優れた仏像や仏教建築
遺跡が少なからず残されています。
ダッカの国立博物館に陳列されている大きな作品はもとより、ボグラのバレンド
ラ研究博物館には、前述の黒色の玄武岩から緻密に彫りだされたパーラ様式の様
々な珍しい仏像が数多く並べられているほか、コミラの小さな博物館にも他の何
処にも見られないような貴重な仏像が無造作に並べられています。
これらの貴重な仏像を日本で紹介することができれば、今日大きく変わりつつあ
る日本におけるバングラデシュに対する関心やそのイメージがさらに高まること
は間違いないと思われ、遠くない将来、日本で「バングラデシュの仏」展が開催
される日が来ることを願っています。

2.「YKK バングラデシュでの新会社設立」 事務局長 関根鋭二

今や中国に次いで世界第二位の衣料品輸出国に成長しているバングラデシュに、
YKKは15年ほど前に工場を設立しました。そのときここまでの成長を予測していた
でしょうか? そもそもYKKは永年貫いてきた「市場に近いところでモノづくりを
行う」との基本方針が有り、それに従えば2000年の現地企業設立はむしろ遅かり
し判断の感が有りました。それまではシンガポールの姉妹会社からの供給(輸出)
体制への執着も有ったようですが、それでは顧客の満足は得られませんので、現
地生産に切り替え顧客へのサービス向上を図り、その国の産業と伴に成長する方
向へ舵取りをしました。その立上の任務を担わせて頂いた一人として回想録を記
したいと思います。

2002年2月に生産開始した翌月、タイミング良くこの新会社の存在を顧客に知らし
める機会が有りました。それはバングラデシュの衣料組合BGMEAが主催する展示会
BATEXPOでした。出展したYKKは図らずも最優秀展示賞を受賞し、その表彰式では
展示内容に関してよりむしろYKKが工場を設立したことが素晴らしいとのコメント
を頂きました。まさに目的が叶ったことを喜びつつも顧客からの熱い声援を受け
て期待に応えるべく努力しようと社員一同の励みとなったことは大きな成果で有
りました。

この頃私はこの新会社にYKKバングラ丸と言うニックネームを付けました。船の名
前に準えた命名の狙いは当時最貧国と言う枕詞が付いてくるバングラデシュに赴
任する日本人社員も意気消沈しがちでしたが、ましてや現地の社員も自信喪失し
ているのではないかとの勝手な思い込みが有り、これを拂拭する為に洪水やサイ
クロン等によるバングラデシュの「負のイメージの水の国」から世界最大のマン
グローブの自生する世界遺産ションドルボンを持つ「正のイメージの水の国」へ
のイメージ転換を図ったものでした。バングラ丸はベンガル湾から7つの海を越
えて世界市場開拓を目指す船なのだとの夢を乗せて且つ、社員は一人たりとも乗
客ではなく重要な任務を持ったクルーなんだとの意識を醸成し、連帯感の有る一
枚岩組織を目指しました。

生産開始の初期の段階に於いて、シンガポール姉妹会社より現地人ベテラン技術
者の派遣を得られたことは大変幸運でした。新入社員へのOJTによる指導がお互い
英語でのコミュニケーションを通じて行われ大きな成果に繋がったと思います。
しかし未だこの段階では品質管理を最優先に行わなければならず、生産性/力の
向上は二の次で徐々に進めて行きました。生産品目や生産量は簡単には増やせま
せんから顧客からの受注を全て自社で引受けられず、もどかしくも多くの注文を
姉妹会社へ委託せざるを得ない状況が続きました。またEPZ(輸出加工区)に設立
した会社は、輸入販売が限定的にしか認められていない為、委託した注文分は姉
妹会社が直販する体制とならざるを得ません。そこで問題になるのが販売価格で
す。当面は混乱を回避すべくどちらから入荷しても優劣の無い政策を取りました
が、現地生産の価格が何故安くならないのかとの顧客の要求への対応は自社の生
産能力の拡大増強を待たねばなりませんでした。

その後もバングラデシュの衣料産業は欧米の政治的経済的政策(多国間繊維協定
に基づく輸入量割当枠制度/特恵関税等)の恩恵に浴して順調な発展が続き、YK
Kは操業開始後2年目の秋には開業式を開催し顧客へ工場のお披露目と記者会見を
通じて増設計画の発表をするまでに至りました。生産品目とキャパが大幅に増強
されYKKバングラ丸も国際船舶の仲間入りできる規模に成長するなとの意識を持ち
ました。

多国間繊維協定(MFA)下の輸入量割当枠(クォータ)制度によって、バングラデ
シュは自国が保有する繊維輸出量の確保に留まらず、既存の有力輸出国から流出
した受注(機会)やクォータの獲得を目的とする外国直接投資や生産委託の増加
にも支えられ繊維産業の成長は続きました。 しかしMFA下のクォータ制度も2004
年12月31日を以って撤廃される事になり、そのニュースに意外にも脅威を感じて
いるバングラデシュの繊維関係者が少なくありませんでした。それはこれまでの
優遇性が失われ他の有力輸出国と同じ土俵で戦うことになると、低賃金国といえ
ども物流面や原材料調達面での劣勢にある国は停滞を余儀なくされるとの悲観的
見方が有ったようです。その様な時期にYKKは増設を完工しましたが、それは専売
的技術力を蓄積してきた綿のズボンやシャツ(含むニット)製造ではコスト競争
力の持続性が高いこと、その技術力を以ってアウターウェアー等の新たな製品へ
の取り組みや紡績・織布・染色といった関連産業の裾野の広がりが徐々に見えて
きたこと、更にバングラデシュは引き続き後発開発途上国(LDC)と認定されEUか
らの特恵関税の適用が継続されるとの見方も心強く感じられるものでした。

そして操業開始後3年目にして初めての社員旅行を開催しました。700人の全従業
員の皆着飾ってウキウキとした表情を見て至福の喜びを味わいましたが、費用を
ケチッてエアコン無しのバスとしたところ、やってきた17台のオンボロバスを
見て興ざめしたのは私だけだったでしょうか。行き先はジャムナ橋を渡った(見
学)後、近くの広場での運動会と社員によるダンス・歌・寸劇やプロの歌手の歌
をバックにダンスを踊ったり和気藹々のイベントとなりました。タレント性の優
れた社員が多く驚かされましたが、社員全員がこの愉しい想いを糧にバングラ丸
のクルーとしての意識を高めていってもらいたいと思います。

3.「東京外国語大学とベンガル語」理事:丹羽京子

 エクシェ・フェブラリーに際して、皆様がたの前で私たちの大学のベンガル語
教育に関するスピーチをさせていただくことになり、たいへん光栄に思っており
ます。
 私たちの大学のベンガル語専攻は3年前に開設されました。東京外国語大学で
は、長年にわたりヒンディー語、ウルドゥー語が専攻語として教えられて来まし
たが、ベンガル語を専攻語として学ぶ機会は長らく与えられませんでした。もち
ろんこの間、日本においてまったくベンガル語が教えられなかったわけではあり
ませんが、大学で恒常的にベンガル語が教えられるようになったことの意味は少
なくないと思います。
現在では、総勢30名の学生が東京外国語大学でベンガル語やベンガルの文化を
学んでいます。学生はまったくの最初から、すなわち文字のひとつひとつから学
び始め、およそ1年間で基礎的な文法事項をマスターします。2年生は比較的易
しい読み物を読むと同時に、会話や作文の練習も行います。3年次からはひとり
ひとりの学生が自らのテーマを設定して勉学を進め、最終的に4年次にはそのテ
ーマで卒業論文を書く、というのが東京外国語大学のカリキュラムの大筋です。
3年次以降も、多くの学生はベンガル語の学習を続け、文語体を含む文学作品や
新聞記事などを読むようになります。
今では何人かの学生が、バングラデシュの有名な新聞、プロトム・アロの翻訳を
して、大学のホームページに載せていますし、また何人かの学生は、ベンガル文
学や、ベンガル文化に関して卒業論文を書く準備を進めています。毎年行われる
外語祭では、2年生の全員がベンガル語劇に取り組み、1年生はベンガル料理店
を出しています。
またこの間、ベンガル語専攻ではダッカ大学およびジャドブプル大学と大学間学
術交流協定を結び、学生の行き来も始まっています。去年は1名の学生が1年間
ダッカ大学で学び、現在は卒業論文の準備を始めています。今年も2名が留学中
です。
さらに昨年は2年生全員がバングラデシュ大使とバングラデシュ政府の御好意で
1週間の研修旅行に出向き、さまざまな経験をしてまいりました。
このように順調に一歩一歩進んできたベンガル語専攻ではありますが、すべての
学生が熟慮の末にベンガル語を選択し、またなんらかの明確な目的を持って入学
してきたというわけではありません。高校時代に世界史を学んだにせよ、大学入
学以前にベンガルや南アジアに関してはっきりとしたイメージを持っていること
はまれですし、残念なことに日本では、南アジア関連のしっかりとした情報が多
いとは言えません。バングラデシュの洪水などの単発的なニュースや、モハメド
・ユヌスのような有名な人物が知られているにすぎません。ですから私は毎年、
語学の勉強を始める前にベンガル語についてある話をすることにしています。そ
れはみなさん方のベンガル語に注ぐ愛情についてです。
日本とバングラデシュの言語を巡る状況には、類似点もありますが、相違点もあ
ります。類似点というのは、日本においてもバングラデシュにおいてもほぼ単一
のことばが国全体で使われていることです。ほぼと申しましたのは、いずれの国
にも少数民族のことばが存在しているからですが、いずれにしてもこの両国では、
基本的にただひとつの言葉が話され、その言葉において教育がなされ、仕事がな
されていると言ってもいいでしょう。それに対して相違点は、みなさん方が意識
的にみずからのことばを守ってこられたのに対して、私たち日本人はほとんどそ
れを意識することなく日本語を使い続けてきたことにあります。日本では、小学
校であれ中学、高校であれ、日本語の授業は「国語」と呼ばれます。つまり、私
たちの国語が日本語であるということにだれも疑いを持つことはなかったのです。

ですから、私は毎年、ベンガル語の学習を始める前に、学生たちに、バングラデ
シュのみなさんがどれほどの困難を乗り越えてこの言語を守ってきたのか、そし
てどれほど自分たちの言葉を大切にしているかを話すことにしています。なぜな
ら、その歴史と愛情を理解することなしに、ベンガル語とベンガル文化を学ぶこ
とはできないと思っているからです。
ベンガル語以外に、私はベンガル文学の授業も持っています。東京外国語大学に
はひとつの決まりがあり、全教員が自らの専門を教えるべくいわゆる3点セット
と呼ばれる授業を持つことになっています。3点セットとは、講義、ゼミ、卒業
ゼミの3つで、私の専門はベンガル文学ですから、その講義を行い、その分野で
卒論を書く学生のためにゼミと卒論ゼミを持っています。
ベンガル語は現代と言ってもよい時代になるまで、公用語として使われることは
ありませんでしたが、1000年以上の歴史を持っており、そのベンガル語の歴
史とは、実際のところ文学の歴史と言っても差し支えありません。つまりベンガ
ル語とは、文学のことばなのです。であるからこそ、公用語として使われていな
くても、タゴールのような偉大な詩人を生み出したのです。日本では、ベンガル
詩人としてはひとりタゴールのみが一般の読者の間で知られていますが、その人
たちのなかにもタゴールが英詩人であると誤解している人がいます。ですから私
は自分の講義において、まずベンガル語がいかにしてタゴールという大詩人を生
み出し、そしてまたタゴールがいかにベンガル語の発展に寄与したかということ
について解説します。そののちに――翻訳を通してではありますが――ほかのさ
まざまな詩人や小説家、ノズルルやシャムシュル・ラーマン、ビブティブション、
マニク、タラションコル、ショイヨド・ワリウッラ、モハッシェタ・デビなどを
紹介しています。それとともに、ベンガルの歴史や宗教だけでなく、人々の生活、
ものの考え方、歓びや悲しみなどについても考察を巡らすように講義を進めてい
きます。毎年10人から20人の文学好きの学生がこの授業を取りますが、その
なかの何人かは第二外国語としてベンガル語を学び始めています。
ベンガルをよく知るためには、そしてバングラデシュやベンガル地域とよい関係
を構築するためにはベンガル語を学ぶことが欠かせません。けれどもただ言葉を
学ぶだけではやはり十分ではないのです。その言葉の背景にはどのような歴史や
文化があるのか、あるいは人々の思いがあるのかを知ることも必要です。言葉か
ら始めてその歴史や文化に歩を進めていく学生もいれば、まず文学や文化を知っ
て言葉の学習を始める学生もいます。どのような順番であれ、またどのような場
であれ、より多くの人にバングラデシュの、そしてベンガル文学の魅力を発見し
てもらうことを私は願っていますし、そのためにはできることはなんでもするつ
もりです。
最後に、私の話を聞いてくださったみなさんに心よりお礼申し上げます。ありが
とうございました。

4.行事の紹介(バングラデシュ大使館の行事など)

◯4月17日(金)在京バングラデシュ大使館主催 ボイシャキメラ
◯4月19日(日)第16回カレーフェスティバル&ボイシャキメラ 4/19

◯4/17 在京バングラデシュ大使館主催 ボイシャキメラ
 在京バングラデシュ大使館による、バングラデシュ文化芸術の鑑賞会です。
 昨年はバングラデシュから来た舞踊団によるベンガル舞踊やチャクマ族、マル
マ族、
 トリプラ族の伝統舞踊が演じられました。

 日時:2015年04月17日(金) 18:30開演(18時開場)
 場所:めぐろパーシモンホール
   http://www.persimmon.or.jp/know/access.html
   ※入場無料

 主催:在京バングラデシュ大使館

◯4/19 第16回カレーフェスティバル&ボイシャキメラ
 http://www.japanbangladesh.com/jp/

 池袋西口公園で行われる日本最大のバングラデシュイベントです。
 日時:2015年04月19日(日) 10:00~
 場所:池袋西口公園(芸術劇場前)

 会場の様子はこちらにまとめられています。
 http://www.ide.go.jp/Japanese/Serial/Photoessay/201410.html

 主催:ジャパン・バングラデシュ・ソサエティ

5.バングラデシュの政治、経済関係の動きについて

■出雲 充 「次のミドリムシ」多数あり! 大学発ベンチャーにもエコシステムを
 http://forbesjapan.com/summary/2015-04/post_3121.html
 (フォーブス 2015年4月号)

「ミドリムシで地球を救いたい!」

 いきなり突飛なことをいうと思われるかもしれませんが、私はその実現を目指
し、「ミドリムシが地球を救う」を会社のスローガンにもしています。なぜ、地
球を救うことを目指すのか―。それは、ミドリムシによって実現したい2つの事柄
があるからです。1つは、ミドリムシが備える栄養素によって、世界に10億人いる
とされる栄養失調症に悩む人たちをなくすこと。もう1つは、化石燃料の代替とし
て自然環境にやさしい「ミドリムシ燃料」を作ることです。

 微生物であるミドリムシ、私の会社の名前でもある学名「ユーグレナ」には、
これらを可能にするだけの優れた特性が備わっています。ミドリムシは、植物と
動物の両方の特徴を持つ珍しい小さな藻類で、光合成を行って体内に栄養分を蓄
えると同時に、動物のように動き回ることもできる。ミドリムシの体内に含まれ
る栄養素は、ビタミン、ミネラル、アミノ酸など実に59種類にもおよび、光合成
の際には油脂分も作り出します。

 ミドリムシのこうした特性に着目し、私たちは2005年に世界で初めて屋外での
大量培養を成功させました。現在は、栄養豊富な食材としての活用だけでなく、
油脂分を抽出してバイオ燃料を作り出す研究にも取り組んでいます。

 地球の人口は約70億人。そのうち、10億人、つまり7人に1人が栄養失調で苦し
んでいるといわれます。彼らに栄養に富んだミドリムシを届けることができれば、
この地球から栄養失調をなくすことができるはず。そこで現在、バングラデシュ
のNPOと協力し、約2,500人の小学生にミドリムシを配合したクッキーを毎日支給
するという試みを進行中です。まだまだ10億人にははるかに遠い数字ですが、こ
れを足掛かりに目標の達成を目指していきます。

 このプロジェクトは、社会貢献活動の一環に見えるかもしれません。しかし、
私は、社会貢献とビジネスの間に明確な境界線を引く必要はないと思っています。
こうした活動の先には、イスラム教の国でもあるバングラデシュで培ったノウハ
ウを生かしながら、18億人のイスラム圏市場を見据えてビジネスを広げていくと
いう計画も描いています。両方の側面から“ 実” を取っていけばいいと考えて
います。

■グーグルのベンガル語翻訳充実へ
 SYNODOSが選ぶ「日本語で読む世界のメディア」
 http://synodos.jp/article/13684
 (東京外国語大学 2015年04月06日)

「ベンガル語のための40万単語」行動計画は、バングラデシュの45回目の独立記
念日を期して、世界中で知られている検索エンジン「グーグル」の自動翻訳機能
に、ベンガル語の40万の単語および熟語を追加しようというもの。昨日木曜日
(3月26日)、全国の81の地点で4千人を越えるボランティアが参加して、一斉
にその作業がスタートした。さらに国の内外で個人的に参加している人も多い。
そのためわずか1日で,グーグルのベンガル語翻訳サービス用に40万単語が追加さ
れた。

「グーグルデベロッパーズグループ(GDG)ベンガル」の主催および政府の情報通信
(ICT)局、バングラデシュコンピューター評議会(BCC)が実行機関をつとめる「ベ
ンガル語のための40万単語」と名付けられたこの行動計画は、昨日午前、首都の
アガルガオン地区にあるBCC会館で始動した。そして同日午後行われた閉会式でジュ
ナイド・アハメドICT担当大臣は「この活動によって、ベンガル語への我々の愛情
があらためて証明された」と述べた。

華やいだ雰囲気のなか,この活動は朝9時から夕方5時まで続いた。ボランティア
たちはBCCの研究室および全館に張り巡らされている無線lanを利用して、次々と
単語を登録していった。これと同じ光景は、ダカ大学構内の言語運動殉難者記念
碑周辺、教員学生センター(TSC)、バングラデシュ工科大学などさまざまな場所で
見られた。ダカ大学では大学のITクラブと科学クラブがこの催しに協力した。ダ
フォディル国際大学では研究室から約千人がボランティアとして参加した。

6.事務連絡

本協会の活動などについてご意見等ありましたら、お知らせください。
また、メール・マガジンに載せたいご意見、情報、その他昔のバングラデシュ
勤務時の思い出などお寄せ下さい。
宛先:info@japan-bangladesh.org
(約1500字。体裁上若干の修正あり得ることご了承下さい。)

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一般社団法人 日本バングラデシュ協会
http://www.japan-bangladesh.org/