■目次
1)『 日本バングラデシュ協会メルマガ43号会長メッセージ
―「東京国際ギフト・ショー」へのバングラデシュ企業の初参加― 』 会長: 堀口松城
2)『訃報 野嶋行二日本バングラデシュ協会顧問のご逝去』

3)『「チッタゴン」で想うこと、港~戦争墓地~加藤隼戦闘隊』 監事: 神山秀夫
4)『鳴門・徳島バングラデシュ・ミッションに同行して』 丸久株式会社 森川ゆみ
5)『歯ブラシが我らの剣』         NPOジョロナ 代表 滝波修一
6)第23回行事のお知らせ 2018年3月1日(木)講演会:「ロヒンギャ難民支援とGENKIプログラム-現地を訪れて」
7)『事務連絡』

■1)『 日本バングラデシュ協会メルマガ43号会長メッセージ
―「東京国際ギフト・ショー」へのバングラデシュ企業の初参加― 』会長: 堀口松城

2月7日から9日まで東京ビッグサイトで開催された「東京国際ギフト・ショー」に、
バングラデシュから4社が初参加したとのニュースを聞いて行ってきました。
この国際見本市は、クリスマスや結婚記念日のギフト、ベビー・キッズ用品、ヤン
グファッション、文房具・ペーパー・グッズ、アニメ・コミック、キャラクター・ラ
イセンス品目など、生活者のライフ・スタイルに対応する新製品を主体に展示するも
ので、昨年夏のギフト・ショーでは出展社数約5,000社、来場者約40万人の由でした。
今回は85回目で、出展社数は1,940数社、うち東アジアからは215社が参加している由
です。来場者はもとより未だ発表されていませんが、広い会場全体が来場者でごった
返していました。
これだけの数の出展者を収容する会場自体実に広大で、バングラデシュの出展者が
出店しているMIPRO(Manufactured Imports and Investment Promotion  「対日
貿易投資交流促進協会」)のブースを探す迄、何回か行き方を尋ねたくらいです。
この巨大見本市にバングラデシュから出展した4社は、いずれも「バングラデシュ・
ハンディクラフト製造・輸出協会」のメンバーで、4年前からMIPROによる「日本・バ
ングラデシュ・デザイン・プロモーション事業」のもとで、バングラデシュ商務省輸
出振興局にMIPROから派遣された日本人デザイン専門家のアドバイスを受けながら、
製品の日本市場向けのカスタマイズため、真剣に取り組んできた企業です。今回の出
展は、その努力の成果について、日本人バイヤーの評価を受けようとする大きな意義
を持つものの由でした。

この4社の出展品は、スカーフ、ジュート製品、バッグ、ソファー・クッション・
カバー、絹製品などでしたが、同ブースにいらした、実際にバングラデシュでこれら
の会社関係者の指導に当たった女性のデザイン専門家の説明によれば、例えば、バン
グラデシュ製品に描かれる模様は概して大きいので、日本人の趣向に併せ模様を小さ
くすることなどを指導してきた由です。
この4社のうち3社が、自費で説明員をこの見本市にそれぞれ送り込み、ブースを訪
れるバイヤーらしき日本人に、通訳を通じて熱心に説明していました。同じブースに
暫くいると連帯感が生まれるらしく、この商談が是非まとまって欲しいと願っている
自分に気付きました。
バングラデシュに赴き、関係企業の関係者に、日本向け製品のデザインの指導に当
たった前述の専門家は、バングラデシュ人がみな良い人達であったので直ぐ好きにな
り、是非またバングラデシュに行きたいと述べていました。おそらくそのような女性
専門家の指導を受けたバングラデシュの人達もまた、彼女に好意を抱いたのではない
かと容易に想像されます。このような所で、このような形で、日本とバングラデシュ
の人達の間で、相互理解と友好が広がっていくのを知ることは嬉しいことです。
MIPROの皆さん、有難うございます。
また、このMIPROのブースは4区画のスペースから成り、このうち3区画はドイツ
(新デザインの時計)、イタリア(ファッション)、ポルトガル(コルク製品)のメ
ーカーが占め、この3社が4区画分の借料を出し、残り1区画がMIPROの選択により、
開発途上国に無料で貸し出される由です。
この特別区画を何故、バングラデシュ政府が借りられることになったのか、同ブー
スにいたMIPROの担当者に伺いましたら、在京バングラデシュ大使館のアリフ商務官
が、MIPRO関係者に、熱心に、長期間にわたり働き掛け続けた結果であった由です。
アリフ商務官、努力が実ってよかったですね。
次回以降も、バングラデシュ企業が、もっと多くの日本市場にカスタマイズされた
商品を作成し、また、このギフト・ショーに展示できるよう願っています。

■2)『訃報 野嶋行二日本バングラデシュ協会顧問のご逝去』

本協会の野嶋行二顧問は、1月3日肺炎のためご逝去されました。82才でした。
故野嶋顧問は、伊藤忠商事副社長を勤められ、日本バングラデシュ経済合同委員会の
日本側委員長として、長年にわたり日バ経済関係の発展に尽力されました。
2014年、日本バングラデシュ協会発足に当たり顧問をお引き受け頂き、同協会のス
タートに当たって大きなご尽力を頂きました。
ご冥福を心からお祈りいたします。
日本バングラデシュ協会
会長 堀口松城

■3)『「チッタゴン」で想うこと、港~戦争墓地~加藤隼戦闘隊』 監事: 神山秀夫

私は2004年9月に初めてチッタゴンを訪問し、翌2005年7月から非常勤ながら同地のオ
プシード・バングラデシュ社の社長を務めましたので、約10年に亘って年に4~5回チ
ッタゴンに滞在しました。チッタゴン滞在時には旧海軍将校クラブだったというチッ
タゴン・クラブを利用していたこともあり、第二次  世界大戦時のチッタゴンがど
うだったか興味を覚え調べたことがあります。

(貿易港)
チッタゴンはバングラデシュ最大の貿易港都市で、取扱量は同国の90%を占めていま
すが、紀元前4世紀に既に貿易港として認知されていた由です。また2世紀のプトレマ
イオスの「地理学」のPentapolisがチタゴンと比定されており、7世紀には玄奘三蔵
の「大唐西域記」にも触れられているとのことです*。大航海時代に入り、ポルトガ
ルがインド亜大陸に進出すると、1568年から植民地化を進め、1666年にムガール帝国
が奪還するまでポルトガルの植民貿易港(奴隷貿易あるいは海賊の拠点)として
Porto Grande de Bengala(ベンガルの大きい港)と呼ばれていたようです。ひょっ
として現在中国人が「吉大港」と漢字表記するのはそこから来ているのも知れません。
* History of Chittagong (Wikipedia)

(英連邦戦争墓地)
チッタゴンには英連邦戦争墓地があり、731名の英連邦の戦没兵士が埋葬されていま
す。他に4名の戦争時以外で死亡した英国兵士、1名のオランダ船員に加え、19名の大
日本帝国陸軍の兵士(1名の氏名不明)が埋葬されていることをご存じの方が多いと
思います。そこの墓標によれば日本兵は1945年3月から8月に亡くなられていますので、
英印軍の捕虜となった後亡くなったものと思われます。但し、チッタゴンに捕虜収容
所があったという記録が見つからないので、英印軍が一時収容したが病気に罹り亡く
なったのではないかと推測されます。

(チッタゴンの第二次大戦)
1942年1月に日本軍(第15軍)の英領ビルマへの侵攻が始まり、3月8日にはビルマの
首都ラングーンが日本軍により奪取されたこともあり、英印軍第14 歩兵師団(対イ
ラン及びイラク防衛のためにバルチスタン州クエッタで編成された師団)が1942年3
月にビルマ戦線の日本軍の押さえとしてチッタゴンに 駐屯しました。
一方、チッタゴンの飛行場は、1940年代に入ると現在のシャ・アマナット国際空港と
同じ場所に建設されたChittagong Airfieldと1944年にビルマ戦線向けために建設さ
れたHathazari Airfieldの2空港があり、特に1944年~1945には米国第10空軍のビル
マ戦線への補給基地および戦闘部隊の発進基地としての役割を担っていました。

(加藤隼戦闘隊)
陸軍飛行第64戦隊(愛称、加藤隼戦闘隊)は、開戦の1941年12月8日のマレー上陸作
戦に従軍以来、1942年1月のシンガポール、2月に入りジャワに転戦し、一式戦闘機
(隼)による航空撃滅戦を展開してきた部隊ですが、3月にはビルマ戦線に参戦し、
5月4日にはアキャブに進駐しています。アキャブは ロヒンギャ難民で問題になって
いる現在のラカイン州の州都シュットウェです。

1942年5月9日、チッタゴンはその第64戦隊により初めて急襲されました。それ以降、
1944年末まで断続的に日本陸軍の空襲を受けていたようです。
インドのコルカタには日本陸軍の空襲に関する新聞記事や写真が多く残っていますが、
残念ながらベンガルの小都市のチッタゴンにはそれに類する資料が少なく、被害の状
況等が全く分かっていません。

余談ですが、第64戦隊の隊長は開戦直前から加藤建夫中佐でしたが、アキャブには5
月20日から敵襲があり、22日に迎え撃つために飛び立った加藤中佐機は被弾し、アレ
サンヨウ西方沖約10kmベンガル湾に突入し、自爆しています。加藤中佐は開戦以来の
戦功により二階級特進で陸軍少将になるとともに「空の軍神」と呼ばれることになり
ます。また1944年には陸軍省肝いりで 映画が作られとなり、その題名を『加藤隼戦
闘隊』としたため、愛称で呼ばれることとなったようです。

チッタゴンは紀元前よりベンガル湾の貿易港として認知されており、これからもバン
グラデシュの第一の貿易港として、またバングラデシュの東の空の玄関口として機能
していくと思います。第二次世界大戦でも日本陸軍がインド進攻の突破口と考えられ
ていたように。

■4)『鳴門・徳島バングラデシュ・ミッションに同行して』 丸久株式会社 森川ゆみ

本年1月13日から18/20日まで、鳴門市・徳島市の経済人代表者からなる「バングラ
デシュ地域・経済・文化交流ミッション」が、同国との複数分野での交流促進、ナラ
ヤンゴンジ市との姉妹都市締結推進を目的として訪問しました。本ミッションには、
鳴門商工会議所から中岸会頭、富田副会頭(富田製薬社長)、鳴門市議会から三津議
員(元議長)、徳島市議会から美馬議員(元副儀長)、丸久社長の平石他、私を含め
9名が参加しました。
なお、私は数日前に現地に入り、一行を空港でお迎えしました。
一行は、1月14日昼に空港に到着後、イミグレを出るまで約3時間を要し、早速バン
グラデシュの洗礼を受け、時間の遅れを取り戻すべく、一行はホテルのチェックイン
を済ませるや、その足で「ノボ・カーゴ」のラーマン社長主催の歓迎パーティーに出
席しました。
歓迎会では、泉裕恭日本国大使から、日バ両国間で初めてとなる鳴門市とナラヤン
ゴンジ市間の姉妹都市締結への歓迎と期待が述べられました。歓迎会にはJETROの新
井ダッカ事務所長、日本と関係の深い「ニュー・ビジョン」のブイヤン社長などの他、
現地の著名な経済人も多数参加し、約80名のひとびとから、盛大で、暖かく活気に満
ちた歓迎を受けました。その模様は現地のテレビ・ニュースでも取り上げられ、受け
入れ側の心遣いに感謝でした。
翌15日は、アダムジーEPZにて、丸久の他、糸生産、バイク・車のシート製造、
ラベル・タグ製造の日経3社を見学した後、ナラヤンゴンジ市に向かいました。アイ
ビー市長からは気遣いと温かいおもてなしを受け、姉妹都市締結についても前向きに
取り組んでいきたいとの表明がありました。また、同市庁舎ではでは先方のビジネス
に積極的な市議会員メンバーと鳴門市ミッションのビジネス関係者との間でビジネス・
マッチングの話し合いも行われました。
ダッカへの帰路、賃上げを求める集会に遭遇し、来た時は1時間でしたが3時間も
かかり、一行はバングラデシュの交通事情も知ることができました。
翌16日午前はJETROダッカ事務所で、新井所長、浜村三菱東京事務所長から、今後
のバングラデシュのビジネスと貿易及び金融の各分野における予測と見通しに課する
レクチャーがあり、同日の昼はシュナルガオン・ホテルでアサドザマン・ヌール文化
大臣と2017年のバングラデシュ阿波踊り・プロジェクトのビデオを見ながら報告があ
りました。同大臣は同プロジェクトの成功を非常に喜ばれ、このような形での文化交
流は非常にユニークなので是非継続してほしいとの要望がありました。とくに、一行
の中岸会頭、富田副会長、三津議員は、同プロジェクトの実現に大きな尽力をされた
こともあり、ヌール大臣との面談に喜んでいらっっしゃいました。
同日夜は、泉大使公邸にて歓迎宴があり、泉大使より、一行のバングラデシュ訪問
に対する温かい歓迎とともに、鳴門市を中心とするビジネスに限定されないバングラ
デシュとの諸分野における関係強化の努力に対する支援の表明がありました。
翌日以降、ミッションの各メンバーはそれぞれのビジネス・マッチングとしての意
見交換を行った後、全員無事に帰国の途につきました。
本ミッションの一行は、バングラデシュ滞在中行く先々で、事前の予想以上の暖か
く、手厚い歓迎を受け、全員が大きな感激を経験しました。このような成功は、日頃
の弊社の
活動もあったとは思いますが、それ以上に、阿波踊りを始め様々な活動を通じて、鳴
門市、徳島市の関係者の皆様が築いてこられた関係ゆえに可能となったものと思われ
ます。
個人的なことで恐縮ですが、今回のバングラデシュ・ミッションを通じて、改めて
私自身これまでの日々の業務や、バングラデシュ駐在時代、泡踊りプロジェクト等の
イベントを含め、日本、バングラデシュの国籍を問わず、関係の皆様に何度となく救
われたことをひしひしと思い出しています。
小さいこと、大きいことに関わらず、「多少の間違いもウェルカム!まずはやって
見ましょう!」と手を差し伸べていただいた皆様に何度も助けられてきました。同時
に、忙しい日本で生活しているとついおざなりになって忘れがちな、やさしさや善意
からできることが沢山あること、それぞれが自分なりのやり方で他の人を喜ばせるこ
とがきっとできること、善意から人や社会とつながる大切さや、自分が受けた善意を
周りに還元していくことの重要性を改めて感じさせられた旅となりました。

■5)『歯ブラシが我らの剣』        NPOジョロナ 代表 滝波修一

<2018年からの予定>
NPOジョロナは、JICA草の根事業をSylhetの紅茶農園で、「口腔衛生指導が入口で、
全身の健康が保たれる」という活動を、夏には開始する予定です。
この事業で期待される成果は、歯槽膿漏などは事業開始と共に改善され、その軽快に
伴う関節疾患、循環器系障害などの減少は年単位で現れる。その結果として、良質な
労働力が確保がなされる事である。
そして最終的には「国の医療費削減にも貢献出来るのではないか」と大風呂敷を広げ
ている。
この事業始めるには10年以上にわたる、発想とモデル事業の実施、前準備としての
先行事業実施という段階を経てきましたので、報告/紹介をいたします。
<発想:バングラデシュの歯科事情の把握>
2005年12月にUNESCOの学生交流事業として北海道大学歯学部の課外活動の冒険歯科
部の学生12名と共にバングラデシュを訪問しました。
その際、元留学生のDhaka Dental College口腔外科M. Ahmed教授が主催する
Comilla近郊でのFree Friday Clinicを見学する機会に恵まれました。
そこで、「この国で健康の維持を考えるなら、口腔の衛生管理が最優先とされる。
歯科治療よりは歯磨き指導が必須かつ有効である」と考えました。そこで、JICAに事
業提案をし、採択されました。
<モデル事業の実施と成果>
2009年から2011年にComilla 近郊のMohichail Unionで約4000人の小学校の学童を
対象に毎年2回の歯磨き指導と口腔検診を行いました。結果は劇的でした。
歯石・歯垢の付着・歯ぐきの腫れは半年後には改善され、2年目には歯磨き習慣が
定着しました。
なによりの成果は、学校教師の意識変化と子供達の歯磨き習慣が家族に浸透したこと
でした。
また、この事業に参加した10校の歯科大学の教員や学生に「口腔衛生指導の重要性が
再確認された事」と「その実施方法の具体的で可視化された指導がなされた事」も大
きな成果でした。
これにより、費用・労力vs効果・成果比が良好であること明らかになり、報告書が作
成された。
(この事業には、北海道大学を中心として、徳島大学、長崎大学、北海道医療大学の
歯学部学生が自費で参加し、事業遂行や学生間交流におおいに貢献しました。)
<先行事業:口腔衛生専門医・指導医の育成>
2012年からは前事業のfollow upを行い、その中から「口腔衛生指導の専門家育成」
の必要性が明らかになり、その育成方法が検討されました。
2014年から「口腔衛生専門医」育成のための「口腔衛生指導医」の育成に着手した
が、実地訓練の場の不足が問題となった。2015年にAIKO 歯科医院のM.H.Khan医師か
らPARAGON Group の社長であるM. Rahman氏を紹介され、二つの事業への合意がなさ
れた。
合意-1:Sylhet にある紅茶農園3か所で、農園の住民の衛生指導をJICA事業の場とし
て提供する。
農園内に歯科診療所を設置し、ジョロナは診療所の運営を指導する。
合意-2:Gazipur の小学校7校で、ジョロナの専門医・指導医育成の場として口腔衛
生指導を行い、
PARAGON Group はそれを共同で行う。
PARAGON の工場内に歯科診療所を設置し、ジョロナは診療所の運営を指導する。
<SYLHETでの事業の体制と手順>
事業名:JICA草の根事業「口腔衛生指導専門医による地域住民の健康増進事業」
事業実施団体:NPOジョロナ
カウンターパート:高齢者の健康増進活動NGO Boyoshi Kolayan Shomittee (BKS)
協力団体:PARAGON Group
支援歯科医師団体: Movement for Oral Health Care (MOHC), Tooth Fairy (TF)
事業の分担:年4回の農園訪問で口腔検診・口腔衛生指導をBKS、MOHC、TFの歯科医
が行い、全身の健康相談はBKSの医師が行う。ジョロナは事業の統括・指導を行う。
本事業に参加する歯科医師は、前のJICA草の根事業に参加し、先行事業で口腔衛生専
門医としての教育・訓練を受けた者達であり、ジョロナ会員から歯科医師としての
Skill up trainingも適宜受けている。
歯科診療:歯科処置が必要な農園住民がいる場合は、農園側が設置した歯科診療室で
バングラデシュの歯科医が処置を行ない、日本側参加者は指導・アドバイスを行う。
事業効果の拡大:事業地近隣の歯科医師やHealth Complexの医師・歯科医師、
Community clinicの保健婦への「口腔衛生指導の普及」の働きかけを行う。
これらによって、事業効果の浸透・拡大と継続性が確保されると考える。
最後になったが、この事業を進める主要メンバーを紹介する。
本多丘人:口腔衛生学・予防歯科学の専門家で本事業の理論的中核となる。
森田康彦:事業実施の参謀役で安全と衛生の管理も担当する。
Khrshiduzzaman教授:本事業の旗頭として、BKSメンバーであり、MOHC顧問として
バングラデシュ側の歯科医を統括・指導する。
Haider Ali Khan医師:MOHCのリーダーとして本事業のマンパワーの中心となる。
Alvee Rahman医師:若手グループTFのリーダー
Mahfjul Haq Khan医師:AIKO歯科医院院長。事業の後方支援を担当する。滝波の教え
子。

滝波修一:JICA事業のProject Manager。
<とりとめの無い追記>
表題は、「虫歯や歯槽膿漏の予防活動」を行うのは歯科医としての基本中の基本であ
りながら往々にして忘れられるか無視される。収入にならないからである。
そこで、敢えて「聖戦」を意識して、歯科医の武器を歯ブラシとした。
また、本団体の名称である「Jhorna:ジュロナ」はベンガル語で女性の名前「お滝さ
ん」である。
因みに、出島のオランダ商館医師シーボルトの奥さんも「お滝さん」である。
バングラデシュに魅入られた三人、滝波+本多+森田=190余歳、Khurshid教授の好き
なKUROSAWA風に言えば「ベンガルの三悪人(ジジィ)」である。

下図は、北海道大学歯学部「冒険歯科部」の学生が作成した、
歯磨き指導に使う「紙芝居」の最終画面です。
ベンガル語で、「寝る前に歯を磨こう!」と呼びかけています。
この娘に名前をつけることになり、
AIKO歯科医院のM.H.Khanに相談したところ、
彼は、私が仲間から「滝さん」と呼ばれていたのを覚えていて、
滝=Jhorna(ジョロナ)なので、
丁度良いので、ジョロナと名付けました。
NPOを立ち上げる時も、バングラの人に受け入れられ易いように、
NPO JHORNAとしました。
これまでの活動中にも何人ものMiss Jhorna, Mrs. Jhornaに会いました。
Amaru na-mu Mr. Jhornaと自己紹介すると、一瞬「エッ」と言い、
そのあと、大笑いして、仲間に知らせると「実に和やかな雰囲気」になります。
ある時、警官から「日本人も、冗談をいうのだねエー」と言われたこともあります。

■6)第23回行事のお知らせ 2018年3月1日(木)
講演会:「ロヒンギャ難民支援とGENKIプログラム-現地を訪れて」

講演会:「ロヒンギャ難民支援とGENKIプログラム - 現地を訪れて」
https://goo.gl/5NkFZv

(内容) 昨年末にロヒンギャ難民支援のため、キャンプを訪問しユーグレナの
クッキー20万食を届けた佐竹 右行氏による講演。今、世界で最も悲惨な難民
と言われている人々への支援をどのように実現させたのか、キャンプで見た難民は
どのような状況にあるのか、報道と実態との違いはあるのか、といった点について、
自らの目で確かめて来られた佐竹氏に語っていただきます。

講演者: 佐竹 右行
(グラミン・ユーグレナ共同最高責任者・日本バングラデシュ協会理事)
講演会日時:2018年3月1日(木)
開場・受付:18:00-18:30
講 演 会:18:30-20:00
会   場:渋谷区文化総合センター大和田 学習室1
住所:東京都渋谷区桜丘町23-21
電話:(03)3464-3251

・渋谷駅から徒歩5分
・大和田シャトルパス(ハチ公口ー文化総合センター大和田)
又は、ハチ公バス(夕やけこやけルート)を利用される場合は、
いずれも「渋谷駅ハチ公口」から乗車し、次のバス停
「文化総合センター大和田」で下車。
・アクセス:http://www.shibu-cul.jp/access

参加費: ・個人会員/法人会員: 無料 (法人会員は複数名でのご参加も可能)
・非会員: 一般 1,000円、 学生 無料

参加申込: 先着65名様
お申込み: こちらからお申込み下さい。
https://goo.gl/forms/geMW8o5dw7AxIoIk2

■7)『事務連絡』

会員情報変更届のお願い:
事務局では会員各位の連絡先等の最新版を常備する必要がありますので、皆様の住
所変更、メールアドレスが変更されました場合はinfo@japan-bangladesh.org
<mailto:info@japan-bangladesh.org> まで
お知らせ下さるようお願い致します。

本協会の活動などについてご意見等ありましたら、お知らせください。
また、メール・マガジンに載せたいご意見、情報、その他昔のバングラデシュ
勤務時の思い出などお寄せ下さい。
宛先:info@japan-bangladesh.org
(約1500字。体裁上若干の修正あり得ることご了承下さい。)

===============
一般社団法人 日本バングラデシュ協会
http://www.japan-bangladesh.org/ <http://www.japan-bangladesh.org/>