日本バングラデシュ協会の皆様へ

■目次
1)『 日本バングラデシュ協会メルマガ45号会長メッセージ
―国連によるバングラデシュの「最貧国」卒業の認定と今後の方策― 』
会長:堀口松城
2)『バングラデシュの国境を尋ねて』                    理事:村山真弓
3)現地だより『バングラデシュB2C』
ロート製薬 ロートバングラデシュ社 取締役社長 新井謙
4)『ジナイダ県:地下水灌漑に過度に依存しない持続可能な
農業実践現場レポート』        (特活)アジア砒素ネットワーク 石山民子
5)『平成30年社員総会の開催について』
6)『事務連絡』

■1)『 日本バングラデシュ協会メルマガ45号会長メッセージ
―国連によるバングラデシュの「最貧国」卒業の認定と今後の方策― 』
会長: 堀口松城

1. この3月、国連は、バングラデシュが最貧国を卒業したことを正式に認定とのニ
ュースを受けて、3月30日、バングラデシュ大使館で「バングラデシュの経済発展:
可能性、挑戦、前進に向けて」と題するセミナーが開催され、ファティマ大使他3名
が講演されました。
本セミナーについての報告の前に、国連による最貧国卒業認定の3つの基準がいか
なる指標からなっているかご説明します。第1の基準は、一人当たり国民所得です。
第2の基準は、5才以下の児童死亡率、栄養不良人口比率、中等学校入学率、成人識字
率から成る人的資源(asset)指標です。そして第3の基準は、人口、(社会サービス
等からの)遠隔度、商品輸出集中度、農業、林業、漁業の対GDP比率、低沿岸地帯居
住人口比率、財・サービス輸出不安定度、自然災害被災者、農業生産不安定度から成
る経済的脆弱性指標です。

2. 本セミナーでは、最初にバングラデシュの最近の目覚ましい発展ぶりを紹介す
るビデオ上映の後、ファティマ大使より基調講演として以下のお話がありました。バ
ングラデシュの最貧国卒業後の諸問題、それらの解決の方向などを知る上で、大変示
唆に富んだ内容です。
(1)3月26日我々は独立記念日を祝ったが、今年は国連により、バングラデシュが最
貧国から途上国(developing country)に卒業したことの公式認定を受けた点で特別
の意義がある。この画期的進展を日本で祝うことは、この功績に果たした日本の顕著
な役割故に特別な意義があり、私は日本政府、JICA、JETROとここにご列席の皆様に
その多
年に亘る貢献に感謝するとともに、引き続き日本が主要な役割を果たし続けてくれる
だろうことを確信している。独立戦争の廃墟の中で、建国の父ムジブル・ラーマン首
相が黄金のバングラの建設を決意した際、同首相は日本こそ、その模範的モデルであ
ると認識していた。
(2)バングラデシュは多くの制約にも拘わらず、近年目覚ましい成長を遂げ、今日
その経済規模は世界32番目の大きさであり(ママ)、本年の経済成長率は7.48%と予
想されている。日本のバングラデシュへの直接外国投資は450百万ドルに達し、日本
はバングラデシュにとって9番目の輸出市場となっている。バングラデシュのITC セ
クターの今年の輸出額は10億ドルに達している。
(3)プライス・ウオーターハウス・クーパー社の見通しでは、バングラデシュ経済
の長期的成長見通しや現在の成長のペースが続けば、2050年までに世界第23位の規模
になるとされているが、バングラデシュが最貧国から中進国に移行する過程で、移行
に伴う困難な問題も予想される。例えば、伝統的な譲許的ODAの減少や輸出品目への
適用関税の引き上げがあるが、一方で移行期の緩和措置の供与も期待される。この移
行は、経済が強くなり、抵抗力を増したことを意味し、この点は、投資家の対バング
ラデシュ投資により大きな自信を与える。
(4)今回の卒業は目標ではなく、重要なことはこの変革とその後のモメンタムの維
持と、すべてのセクターにおける生産能力の強化である。
(5) 政府が重視している目標は以下の通りである。
①経済多角化による経済構造・生産力の構造改革 ②ODA依存の低減と国内資金の動
員 ③FDI及びPPPによる投資重視による民間セクターの能力構築 ④革新的金融によ
る公的資金の多角化 ⑤輸出の多角化 ⑥国際社会からの目的達成支援の拡大。とく
に日本への期待。
3.私は14,5年前ダッカに勤務していた際、バングラデシュには、勤勉で進取の気
性に富んだ国民と、企業家精神と国際的センスに富んだ企業家、そして高い能力を持
つエリート層がおり、しかも人種的対立や、宗教的紛争もないので、政党間の諍いを
克服し、経済発展に力を集中できれば、短期間に最貧国を卒業し、中進国入りするこ
とは疑いないことを、しばしば講演会で語り、大使館のメルマガで発信していただけ
に、今回のニュースには特別の感慨を覚えます。バングラデシュの人々が、このまま
手を緩めることなく、さらなる目標に向かって邁進することを祈っています。

■2)『バングラデシュの国境を尋ねて』                   理事:村山真弓

初めてバングラデシュの国境を見たのは2004年に遡る。その時はインドのメガラヤ
州の州都シロン(Shillong)から車でバングラデシュとの国境まで行った。世界有数
の降雨量を誇るメガラヤ州はその日も降ったりやんだりで、しのつく雨の中、洗濯物
が干したままになっているのと、メガラヤ(雲の住処)という名にふさわしく、谷間
から雲が立ち上ってくる光景が今も記憶に残る。
国境はインド側がダウキ(Dawki)、バングラデシュ側がタマビル(Tamabil)と呼ばれ
る地域である。私たちは総勢5人での出張だった。ダウキの入管・税関事務所は、
1948年とインド・パキスタンの分離独立の翌年に設置された両国間の最古の関税・入
管事務所の1つだ。インド側で話を聞いたとところ、この国境を通るのは当時一日に
15~20人あまりで、インド側に子弟を留学させているバングラデシュ人など、もっぱ
らバングラデシュ人ということだった。シロンは、ダージリンと同じような英領時代
の保養地・高原に作られた町(hill station)の1つで、英領時代からさらに独立後
の1969年までは統一アッサムの州都だった。それ故にインド有数の寄宿舎学校が集ま
っていた。一方、この国境を通過する主な財は、メガラヤ州からの石灰石や石炭で、
バングラデシュでセメントやレンガを作るための原料として用いられていた。
10年後の2014年の8月、その月の初めから休職してインド・デリーに住み始めたばか
りの頃、職場の同僚がダッカからジョソール(Jessore)を経由してインドに陸路で
入ると聞いたので、ダッカから同行させてもらうことにした。ダッカで車を借り上げ、
朝早くに出発した。ポッダ(Padma)川をカーフェリーで渡り、一路ジョソールへ向
かう。途中行き当たりばったり19世紀初めに建てられたジョソール県庁の建物を見学
し(積みあがった書類ファイルも英領時代を彷彿させた)、国境の町ベナポール
(Benapole)に到着したときには、日暮れにはまだ少し間があった。
1959年に始まったインドとパキスタンの国境ワーガー(Wagah)での両国合同の国旗
降納式典は有名だが、2013年にはベナポール=ペトラポール(Petrapole)国境でも
同様な式典が行われるようになった。ライバル意識むき出しのワーガーでの式典に比
べると、こちらではのんびりした感じで、西ベンガル州側の特別ゲストがバングラデ
シュ国境警備隊(BGB)にミシュティ(ベンガルスイーツ)を送ったりしていた(式の
後、私たちもお相伴に預かった)。バングラデシュ観光公社のホテルで一泊し、翌朝
私たちは徒歩でペトラポールに向かう。入管事務所は田舎の学校のような素朴な建物
で、国境を越えたという実感は、バングラデシュへ入国した場所と出国した場所が異
なっていると同行者が指摘され、若干もめたことぐらいだった。オートリキシャでバ
ンガオン(Bangaon)の駅まで20分。そこでコルカタ行の郊外列車に乗った。バングラ
デシュとインドでは30分の時差があることを忘れ、電車を乗り過ごすところだった。
インド・バングラデシュ間で国旗降納式が行われているところは、もう一ヵ所ある。
ジョソールとは対極にある東の端ブラーマンバリア県とインド・トリプラ州の州都ア
ガルタラ(Agartala)との国境である。2013年から出されたトリプラ州政府の要求に応
じて、2016年1月26日、インドの共和国記念日から始まった。ベナポール(西ベンガ
ル州)やワーガー(パンジャーブ州)と異なり、アガルタラは州都が国境に接してい
るという珍しいケースである。
東西の国境での国旗降納式は、2010年以後、現シェイク・ハシナ政権のもとで両国の
関係が緊密化していることの証左である。現在の印バ関係の重要なキーワードは、コ
ネクティビティ(接続性)の改善である。インド・パキスタンの分離独立によって、
インドの北東地域(現在のアッサム州、メガラヤ州、トリプラ州、ミゾラム州、ナガ
ランド州、マニプル州、アルナーチャル・プラデーシュ州のこと。シッキム州は1975
年にインドに併合され、2002年から北東地域の区分に含まれるようになった)への接
続性は大きな問題に直面した。印パ関係が良好とはいえないなかで、東パキスタン
(のちのバングラデシュ)を通した物資輸送がままならなくなったからである。1965
年の第2次印パ戦争によって、陸上および河川両方の物資通過が全面的に停止され、
その結果インド本土から北東地域への物資輸送は、幅20数キロのシリグリ回廊(通称
チキンネック)を通して行われることになった。
地図を見れば一目瞭然だが、コルカタからアガルタラの距離は直線にしたら約330キ
ロメートルだが、チキンネックを通っていく場合には1500キロメートル以上の大回り
になる。1971年にインドの支援をうけてバングラデシュが独立を達成すると、インド
側は失われた物資通過ルートの再開を求めた。しかしながら、ガンジス川やディスタ
川などインドを上流とする河川の水配分問題、貿易不均衡、政治問題化された反印感
情など、バングラデシュにとってより重要性のある問題解決のための、いわば担保の
位置にある物資通過問題の完全な解決には、まだ時間がかかりそうでさる。。

昨年11月、トリプラ州の別の国境を訪問した。バングラデシュ・コミラ県との国境
スリマンタプール(Srimantapur)というところで、2015年1月に開設された関税・入
管の事務所がある。インド政府は、1980年年代から不法移民と越境犯罪を阻止する目
的でバングラデシュとの国境4096キロメートルにフェンス建設を始めたが、現在95%
が完成したと報じられている。トリプラ州との国境も850キロメートルのうち残り100
キロメートルを残すばかりと聞いた。コミラへと通じる「国際道路」は、そこらの田
舎道と変わらない。しばらく眺めていると10人ばかりのバングラデシュ人がプラプラ
歩いてきて、私たちを案内してくれたトリプラ側の人々とおしゃべりを始めた。英領
時代からの継続的なベンガル人の流入で、現在トリプラの人口の7割近くはベンガル
人ともいわれる。彼らは同郷の士なのだ。「アガルタラに行ってみたい」とバングラ
デシュ人の一人が言っていた。しかし、そのためにはダッカあるいはチッタゴンに行
きインドのビザを入手してこなければならない。こんなに近い隣国でありながら、自
由な人の移動というのは、物資通過以上に難しい課題のようだ。

■3)現地だより『バングラデシュB2C』
ロート製薬 ロートバングラデシュ社 取締役社長 新井謙

ロート製薬は、「健康と美に関する、あらゆるソリューションを提供する会社」を目
指し、創業以来、胃腸薬のパンシロン(パンシロンでパンパンパン♪)、目薬のVロ
ート、リトルナースのメンソレータム軟膏、日焼け止めSunPlay、最近は、オ
バジ氏が唱える「真のスキンケア」を実現するため、ロート製薬が創業110年を超え
る月日の中で培った製剤開発における研究力と技術力を結集した機能性化粧品Oba
giや、スキンケアの原点である、うるおいに着目、うるおい成分であるヒアルロン
酸にこだわり抜き、製薬会社ならではの肌研究によって肌が本当に求めるうるおいを
詰め込んだ極潤(肌ラボ)も販売しています。また、ロート製薬は、グローバルに、
110ヶ国以上に進出しており、海外売上比率が40%以上のグループ会社です。
私は、2009年からバングラデシュの市場調査を開始、2010年に現地法人を設
立、設立後2016年までバングラデシュに駐在していました。
2009年当初のバングラデシュのイメージは、アジア最貧国、ユヌスさんのマイク
ロファイナンス、ユニクロさんやNTTドコモさんの大手日本企業が投資開始した国
というイメージでした。一旦、街に出ると人と人で溢れており(街では女性を見かけ
る事は少なく、女性は民族衣装を着ていました)、バングラデシュ市場の活力と可能
性を肌で感じました。
東南アジアと南アジアとでは、文化も人種も違って来ます。東南アジアでは、女性の
オフィススタッフが多いですが、バングラデシュでは、男性のオフィススタッフが大
半を占めています。また、バングラデシュでは、日本人には馴染の薄いイスラム教で
すので、仕事を進めて行くうえでの大切なことが異なってきますので、きっちり、イ
スラム教とバングラデシュ人を知る必要があります。(お互いに知り合う事が大切)
コンシューマープロダクトを販売しているロート製薬としては、人口1億6千万人を
有するバングラデシュの市場は、人口=お客様数となるので、非常に魅力的です。当
初、バングラデシュのマーケットサイズはビジネスを開始するには小さ過ぎましたが、
先駆者利益の観点で、参入を決定/開始いたしました。当初、アジア最貧国でロート
さんの様なハイエンド商品は本当に売れるの?バングラデシュよりインド進出が先で
は?などの反対意見も多々ありました。しかし、結果的は、競合他社が参入前のアー
リーステージから、市場に出た事が、吉となり、更にビジネスが成長しています。
バングラデシュでの旗艦商品は、製薬会社発想でつくられたメンズスキンケアブラン
ドで、世界30か国で発売されている男性用洗顔OXYです。イスラムの文化、日本好
き、男性の美的意識の高さに加えて、OXYのかっこよさ/爽快感/製品機能が受け
入れられたのかと考えています。当初は、営業スタッフと一緒に、店頭へ足しげく通
い続けました。日本人で良かったと思った事は、日本ではお店への出入り禁止になる
ぐらい、ずうずうしく、商品を棚に並べてくれと強くバングラデシュ店主にお願いし
ても、日本人の営業が珍しかったのか?話を聞いてくれました。当初は、ロート製品
を取り扱っている店の店主から、高い、売れない、などクレームを受ける事が有りま
した。しかし、販売開始してから数年後、店主からは、OXY売れているよ?OXY
の品質が良いよ!等、お店に行ってもクレームを受ける雰囲気から、You are
Welcomeの雰囲気に変わっていました。今は、ロート製薬と言う会社名の認
知ではなく、ロート製薬は、OXY Companyと言う風に、バングラデシュの
市場では認知されています。
店舗での店頭展開(お客様の目の届く所に、商品を棚に並べて、商品を分かり易く
説明する)の活動では、現場できっちりチェックする必要がありました。日本では信
じがたい話かもしれませんが、バングラデシュでは、店舗にロート商品が届いていて
いても、店の棚に下に置かれたままになっていたり、商品棚に商品が並んでいなかっ
たりします。店の店主から受注を受けて、デリバリー係が商品を持って行ったら、お
金が無いので、その場で注文がキャンセルされるなど、店頭の棚に商品がならんでい
るか?を確認するまでは、気を許すことが出来ませんでした。
バングラデシュならではの取り組みとしては、日本では実現できない大企業ユニクロ
さんとのコラボレーションの取り組みでした。ユニクロさんのOXYコラボTシャツ
とロート製薬の男性用OXY洗顔とのコラボレーションをし、OXYコラボTシャツ
とOXY洗顔で、バングラデシュ市場を溢れさせることが出来たのは、特別な経験で、
楽しい経験でした。
最後に、バングラデシュは、住みやすい国とは言えませんが、ビジネス・チャンスと
言う意味では、無数のチャンスがある国です。今後、日本企業の進出が進み、日本の
プレゼンスが高まり、バングラデシュに貢献しうる事で、WinWinの関係を築い
て行きたいと考えています。

■4)『ジナイダ県:地下水灌漑に過度に依存しない持続可能な
農業実践現場レポート』        (特活)アジア砒素ネットワーク 石山民子

□持続可能な農業に取り組むローカルNGOとの出会い
2年前の春、ジナイダ県に拠点を置くAID Foundation(以下「AID」)というNGOと出
会いました。AIDは健康や環境保護事業の経験を活かし、環境に過度負荷をかけず、
農家の収入が向上する方法を、伝統から探る取り組みをしていました。私が最も関心
を持ったのは、乾季稲作に比重を置かず、伝統的に行われていた多様な乾季作(ロビ)
を復活させ、地下水に過度に依存しない農業を目指している点でした。

□地下水灌漑とヒ素汚染
私が仕事をしている(特活)アジア砒素ネットワーク(以下「AAN」)は1996年から
地下水砒素汚染に関する調査対策をバングラデシュで実施しています。地下水は飲料
用だけでなく灌漑にも使われ、使用量としては農業用が圧倒的に多いといわれていま
す。砒素を含む水を飲料用・調理用として長年使えば、慢性砒素中毒症になります。
灌漑用水に砒素が混入していれば、土壌と作物を通じた二次汚染が起こります。食料
を通じての砒素摂取が人体や家畜へどの程度の影響を及ぼすかつまびらかにされては
いませんが、日本の調査では砒素汚染のある土壌では収量が下がることも指摘されて
おり、環境にまき散らす砒素の量は少ないに越したことはありません。砒素汚染とい
う点以外でも、過剰揚水によって地下水資源が減少することは看過できない問題です。

□米増産の代償
「40年前、この国は7千万人を食べさせることができなかった。しかし今、1億6千万
人を食べさせることができている」。このバングラデシュ人の言葉の通り、バングラ
デシュは独立以来の悲願だった食料増産に成功しています。米国農務省の発表による
と、精米生産量は2016年、3458万㌧と中国、インド、インドネシアに次ぐ4位。日本
の4割に当たる国土の国が、日本の4倍以上を生産する形です。これを可能にしたも
のはショナル・バングラ(黄金のベンガル)と呼ばれるガンジスデルタの豊饒の大地。
そして、適正技術の革新に努めた大学や研究機関、政府や市場、農家の身を削る努力
などの人為的介入の成果です。
ただ、米増産が環境や農家の暮らしに与えた影響は小さくありません。灌漑用の井戸
の数は30年間で10倍に増えました。農業用水の総合的な管理システムがないため、浅
井戸が枯れれば、より深いところから、より強い力で地下水を汲み上げる、いわば
「取ったもの勝ち」の状態が続いています。ゆっくりと溜まる深層地下水を大量に使
えば、持続的利用は困難です。
環境負荷をかけて米を増産しても、農家の暮らしも改善はしていないようです。大量
の化学肥料や農薬で、土地劣化が進むと同時に、関連コストが益々高くなり、収益性
が低くなりました。AIDの聞き取り調査では、1エーカーの土地で約5カ月かけて米
を作っても、種代や化学肥料代、農薬代などのコストを差し引くと、手元に残るのは
1万タカ程度(約13000円)。豆を作ればその4倍の収益を得られます。「儲からない
のはわかっている。でも他のことをしても失敗するので、稲作を続けている」という
話を農家から聞きました。農薬や化学肥料の使用で野草や小魚が取れなくなることも
影響し、貧困層ほど炭水化物に偏った食生活となり、健康にも悪影響が広がっていま
す。もどかしさを感じながらも、貧困層の人たちは一日三回ご飯がやっと食べられる
ようになった段階にあり、環境保全を理由に稲作への傾倒を否定すべきでないとあき
らめていました。

□持続的農業推進事業
そうした状況でのAIDとの出会いは大きな希望を抱かせてくれました。AIDは伝統的な
作付けパターンに倣い、稲作は雨季に力を入れ、乾季には豆類、野菜、サトウキビ、
菜種など多様な作付けを行うことを普及しようとしていました。もちろん、作付けに
ついて外部者が無理強いすることは禁物ですが、AIDは農家に寄り添い、多様な種類
の質の良い種を入手する支援、土壌改良のためのミミズ養殖の紹介、適地適作に向け
た助言、節水技術の紹介、農家が活用できる官民サービスとの関係性づくり等、求め
られる支援をしていました。
この取り組みに感銘を受け、私たちは2017年より外務省NGO連携無償資金協力を活用
して、パートナーシップ事業「ジナイダ県の地下水灌漑に依存しない持続的農業推進
事業~砒素汚染問題の根本的解決を目指して~」を開始しました。この事業を通じて
1500人の農民に「持続性」を視野に入れた多様な農業にチャレンジしてもらっていま
す。
事業開始から半年後、ジナイダ県を視察したところ、去年までは乾季も稲を作ってい
たけれど、今年は麦、トウモロコシ、野菜、豆を作っているという土地が増えていま
した。ある農家は「ミミズ堆肥は作物が良く育ち、土地の保水力が高まることが分か
ったのでもっとミミズを増やす」と話していました。稲作においても良い変化が見ら
れます。「これまでは継続的に汲み上げていたのを、田んぼに水がなくなったら追加
するという方法にしたら、かえって稲の生育状態が良い」と教えてくれました。この
方法は政府も奨励に力を入れ始め、AIDの節水型農業の追い風になっています。AANは
対象地域の灌漑井戸128基を調査し、約2割の井戸が灌漑用水基準0.1mg/Lを超えた砒
素を含んでいることを確認しています。今後、節水型農業の取り組みが土壌や作物を
含め環境に与える影響について検証し、その結果を発信していく予定です。
今でも農家の人にとって一番は収益性であることは否定できません。それでも、「灌
漑の量を減らすことができれば、揚水ポンプの燃料費が下がるし、地下水位の低下を
防ぐことができる」と燃料代の心配で終わらず、地下水保全に言及する人が増えてき
ています。
バングラデシュは3月、後発開発途上国(LDC)から卒業しました。この卒業がその日
暮らしの思考からの卒業となり、持続的発展への個々人の小さな意識が民衆の声とな
り、地下水を含む地域資源を子孫に残すための仕組みづくりへとつながっていくこと
を期待しています。

■5)『平成30年社員総会の開催について』

第4回社員総会は平成30年5月26日(土曜日)午前11時から開催予定です。
場所は昨年同様品川の「TKP品川カンファレンスセンターANNEX」です。
総会終了後、バングラ大使館、外務省、経産省等からのお客様を迎え懇親会を催す
予定です。
詳細はおってご連絡いたしますが、皆様の日程をご調整の上ご参加下さる様お願い
します。

■6)『事務連絡』

会員情報変更届のお願い:
事務局では会員各位の連絡先等の最新版を常備する必要がありますので、皆様の住
所変更、メールアドレスが変更されました場合はinfo@japan-bangladesh.org
<mailto:info@japan-bangladesh.org> まで
お知らせ下さるようお願い致します。

本協会の活動などについてご意見等ありましたら、お知らせください。
また、メール・マガジンに載せたいご意見、情報、その他昔のバングラデシュ
勤務時の思い出などお寄せ下さい。
宛先:info@japan-bangladesh.org
(約1500字。体裁上若干の修正あり得ることご了承下さい。)

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一般社団法人 日本バングラデシュ協会
http://www.japan-bangladesh.org/ <http://www.japan-bangladesh.org/>