■目次

1)巻頭言『バングラデシュ大使の交代と東京オリンピック・パラリンピック』

会長 大 橋 正 明

2)特別寄稿『 「ベンガルの友」と呼ばれるバングラデシュ建国の父』 -ムジブル・ラーマン生誕 100 周年シリーズ No. 1-

元理事 渡辺一弘

3)会員便り:『エイセフのバングラデシュとの交流 30 年(連載その1) -人生を変えるスタディツアー』

アジアキリスト教教育基金事長 小田哲郎

4)現地便り:『ダッカ日本人学校の運動会』 -児童生徒たちの感想文集-

ダッカ日本人学校 校長 島村雅彦

5)イベント、講演会の案内

6)『事務連絡』

 

1)巻頭言『バングラデシュ大使の交代と東京オリンピック・パラリンピック』

会長 大橋正明

新年明けましておめでとうございます。

1.ファティマ大使とモメン大使 昨年 11 月、ラビア・ファティマ大使が4年間ほど駐日大使を務められた後、バングラデシュの国連大使に栄転されたこと は、皆様ご存じのとおりです。前任のマスッド・モメン大使も東京から国連大使に栄転されたので、駐日大使が連続して、数 ある大使のトップである国連大使に栄転されたことは、バングラデシュ政府が日本をいかに重要視しているかを反映して いるように思います。 加えてモメン前国連大使は、ニューヨークの国連本部でロヒンギャ問題などの難題を扱っておられましたが、大晦日の日に バングラデシュ外務省トップポストの事務次官に就任されました。モメン次官の日本在勤時に、私はご一緒に富士山登頂 をしており、友人として、モメン次官に心からお祝い申し上げました。モメン次官は、どんなに苦しい時でも決して弱音を吐か ない方ですので、今度の大役も立派に果たされることと思います。

2.ロヒンギャ問題と国際裁判 ファティマ大使の後任大使には、駐オランダ大使が転任してくると仄聞していましたが、去る12月に急遽取り止めになり ました。この背景には、ロヒンギャ問題をめぐる国際裁判が影響しているようです。 昨年 11 月に、西アフリカのガンビアが、イスラム協力機構(OIC)を代表し、国際司法裁判所(ICJ)に対し、ミャンマーによ るロヒンギャに対する迫害につき「ジェノサイド条約」を適用し、暫定措置をとるよう要請しました。これを受けて12月にオラ ンダのハーグの ICJ 法廷で公聴会が行われ、ミャンマー政府を代表して、スーチー外相が弁論に立ち、ジェノサイドの事実 を否定しました。ちなみに ICJ は、国連の国家間の法的紛争を裁く司法機関です。 またハーグには、個人の国際人道法の違反を裁く国際刑事裁判所(ICC)もあります。ICC は、同じく昨年 11 月に、ミャンマーのロヒンギャに対するミャンマーの迫害を、人道に反する犯罪として捜査すると決定しました。 というわけで、今後しばらくロヒンギャに関する、ハーグにおけるICJでの審理やICCによる捜査の行方から、目を離せない こととなります。 本会としては、バングラデシュの新大使が決定し、東京に赴任されたら、出来るだけ早く会員の皆様と新大使が懇親でき る機会を設けたい、と考えています。

3.オリンピックとパラリンピック さて、オリンピック・パラリンピックが東京で開催される 2020 年を迎えました。そこで、バングラデシュのオリンピック・パ ラリンピックへの関わりを振り返っておきましょう。 バングラデシュ建国は 1971 年ですが、バングラデシュのオリンピック初参加はそれから 13 年後、1984 年のロサンゼル ス大会で、選手1名が参加しました。その後は毎回 4~7 名程度の選手が参加していますので、本年の東京大会でも参加 は確実です。 ただこれらの選手の大半は、バングラデシュでは最高レベルの成績を上げていても、オリンピック出場水準の成績は満た していません。そのため、自国の優秀選手向けの「ワイルド・カード」という特別枠からの出場で、バングラデシュの選手によ るメダルの獲得は残念ながらまだありません。なお水準を満たしたバングラデシュ初の選手は、2016 年リオ大会に出場し たゴルフのラーマン選手です。 なおバングラデシュは、2 年おきに南アジアオリンピック委員会が主催する南アジア競技大会には積極的に参加していま す。例えば 2019 年 12 月にネパールで開催された第 13 回大会には、バングラデシュから男女合わせて 462 名の選手 が参加しました。その結果、出場7カ国中5位のメダル数を獲得しました。金メダル317個のうち 17個、銀メダル317個 のうち 33個、銅メダル434個のうち 90個という内訳でした。合計1068個のメダルのうち 142個を獲得し、前回大会か らメダル数をほぼ 2 倍にしたという、まずまずの好成績を挙げています。 パラリンピックの方は、2004 年のアテネ大会に男子 400 メートルスプリントにモクスッド選手が初めて参加し、続く 2008 年の北京大会にも男子 100 メートルスプリントにスマン選手1名が出場しました。しかしその後の大会での参加記録は見 当たりませんでした。2018 年にインドネシアで開催されたパラリンピックのアジア大会にも、バングラデシュの参加はあり ませんでした。但し、バングラデシュのモダクコーチが現地で「パラリンピック東京大会を目指して選手養成に取り組んでい るが、練習設備が整っていない」と述べている記事がありました。今度の東京大会では、バングラデシュの参加を期待した いものです。 ちなみに冬季のオリンピック・パラリンピックには、バングラデシュはまだ参加したことがありませんが、熱帯の国なのでこれ は当面望めないのは当然でしょう。 1979 年に設立し、翌年国際オリンピック委員会に承認されたバングラデシュのオリンピック委員会とスポーツ選手たちが、 東京大会で健闘するのを、心から期待しています。

本年も宜しくお願いします。

(注)大橋正明日本バングラデシュ協会会長 聖心女子大学教授、シャプラニール=市民による海外協力の会監事 SDGs 市民社会ネットワーク共同代表理事

 

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