日本バングラデシュ協会 メール・マガジン82号(2021年3月号)

日本バングラデシュ協会の皆様へ

■目次

■1)会長追悼文:『野呂元良元理事と河合卓雄監事を偲んで』

 会長 渡邊正人

■2)監事追悼文:『河合卓雄監事を偲んで』

 監事 伊藤隆史

■3)現地便り:『バングラデシュと三井物産のパートナーシップ』

 三井物産ダッカ支店長 シャリフル・アラム

■4)寄稿:『新しい国際協力 × 地方創生のかたち』

 宮崎大学客員教授 田阪真之介

■5)理事連載『バングラデシュの独立に寄りそう(1971 年 3 月):非暴力非協力運動と武力弾圧』

 -バングラデシュ独立・国交 50 周年記念シリーズ No. 9-

 理事 太田清和

■6)『事務連絡』

 


 

■1)会長追悼文:『野呂元良元理事と河合卓雄監事を偲んで』

会長 渡邊正人

2 月に野呂元良元理事と河合卓雄監事(前事務局長)が相次いでご逝去されました。ご遺族はいずれも、昨今の世情もあり、ご家族ご親族で小規模に葬儀を執り行われたとのことでした。
お二人とも、2014 年の日本バングラデシュ協会の創設以来、協会の運営と活動を支えてこられました。ここに謹んで哀悼の意を表する次第です。
そしてお二人のお人柄やご貢献をここにご紹介し、皆様とご一緒にご生前を偲びたいと思います。

野呂元良元理事(2 月 5 日逝去、享年 73 歳)

野呂元良元理事は、1947 年、三重県の生れ。外務省に入省され、カルカッタでベンガル語を研修されました。インド大使館、バングラデシュ大使館などでご勤務の後、駐コルカタ総領事となられ、駐マラウィ大使を務められた後、退官されました。
退官後、日本マラウィ協会会長を務められつつ、日本バングラデシュ協会の創設に参画され、広報担当理事として活躍されました。
野呂元理事は、タゴールの研究に造詣が深く、タゴールを詩人としてのみならず、哲学者、画家、音楽家と多面的に捉えておられました。2016 年には当協会の講演会で、2017 年にはメルマガ(第 19 号、第 20 号)で紹介され、当協会 HP に『タゴールの日本文明論と世界平和』に寄稿されておられます。日本タゴール協会の事務局長も務められ、佐々木美佳監督の映画『タゴールソングズ』の支援者でもあられました。
タゴールの日本文明論と世界平和 | バングラデシュとは | 日本バングラデシュ協会 (japan-bangladesh.org)
また西ベンガル州とバングラデシュとに分かれてしまった、東西ベンガルをバランス感覚豊かな視点からご覧になっていました。駐コルカタ総領事として、日印協会の森喜朗会長より「杉並区連光寺のチャンドラ・ボースの遺骨をコルカタに戻すように」との言葉を預かりました。ところが、ベンガル人の心のなかではチャンドラ・ボースは不滅。その死を信じないから、遺骨を受け取ろうとはしない。映画館で、チャンドラ・ボース率いるインド国民軍がアラカン山脈を越え、インドの地に足を踏み入れると、観衆が熱狂して総立ちで大歓声を上げる。これはバングラデシュも同じ。政治・経済は分かれたが、心は同じ。「ベンガルは一つ!」と、野呂元理事ならではの鋭い卓見を当協会の場でも述べておられました。

河合卓雄監事/前事務局長(2 月 15 日逝去、享年 79 歳)

河合監事は、1941 年生れ。長年にわたり千代田化工建設(株)にご勤務、地に足の着いた知識を持つ優秀なエンジニアとしてご活躍されました。学会でもエチレン製造装置などの論文を発表、母校の東京工業大学に招かれて教授・講師たちに講義されました。
1994 年、日印合弁の石油化学分野のエンジニアリング会社の立上げに粉骨砕身され、そのご尽力を見込まれて、チッタゴンにあるカフコ肥料工場(KAFCO)の経営強化のため、カフコジャパンの技術担当副社長に就任されました。そして大変な苦労の末、この多国間の官民連携プロジェクトの経営を軌道にのせられました。この模様は、2015 年のメルマガに『バングラデシュの八幡製鉄所カフコと日本』として紹介されています。
日本バングラデシュ協会 メール・マガジン(第6号) | メールマガジン | 日本バングラデシュ協会(japan-bangladesh.org)
日本バングラデシュ協会の創設に監事として参画され、翌年より 5 年間にわたり代表理事/事務局長を務められました。会員規則はじめ協会内部の諸規定や会計システムの構築を担われ、まさに協会の礎を築かれ、全てを知り尽くす守護神のような存在でした。
協会のロゴは、公募に応募された河合監事のデザインを理事会が採用したものです。なお同賞金(1 万円)の受領を辞退されました(協会 HP の「お知らせ」(2014 年 12 月 5 日付)ご参照)。講演会のビデオ動画も、河合監事自ら撮影されたものであり、協会の大切な遺産となっています(逐次会員用 HP で公開中)。事務局長として各委員会/事務局の活動をきめ細かくフォロー、協会内の融和に気配りされており、病床でも最期まで協会のことを気にかけておられていたとのことです。

お二人とも早過ぎるご逝去でした。日本バングラデシュ協会の立上げ以来の、ご生前のご功績を偲び、心よりご冥福をお祈りします。

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