日本バングラデシュ協会の皆様へ


■Ⅳ.新聞報道選集

50 周年記念編集部

[注目記事]
1971 年 3 月、東パキスタンの非暴力非協力運動と武力弾圧に関する本邦新聞報道のうち、注目される記事を次の通り選びました。
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1971 年 3 月、東パキスタンの非暴力非協力運動と武力弾圧に関する本邦新聞報道のうち、注目される記事を次の通り選びました。
3 月 2 日(火) 毎日新聞 『制憲議会を無期延期 民政移管遠のく』
3 月 10 日(水) 朝日新聞 『危機強まる東パキスタン アワミ連盟“独立宣言的”な要求』
3 月 14 日(日) 読売新聞 『激動の政情 パキスタン 差別! 自治叫ぶ東』
3 月 26 日(金) 朝日新聞 『独立叫ぶ 東パ民衆 耐えられぬ西偏重』
3 月 26 日(金) 読売新聞 『東パ 軍隊と市民衝突 ダッカ会談失敗 急転 西から続々派兵』
3 月 28 日(日) 読売新聞 『走らされたベンガルの虎 重荷、98%の支持』
3 月 28 日(日) 朝日新聞 社説『パキスタンの流血拡大を避けよ』
3 月 28 日(日) 毎日新聞 社説『パキスタンの“内戦”を憂慮する』
3 月 28 日(日) 読売新聞 社説『パキスタン情勢の悪化を憂う』
3 月 29 日(月) 朝日新聞 『死んだダッカの街 現地追放の特派員体験記』
3 月 29 日(月) 読売新聞 『“殺戮都市”ダッカに 30 時間 武田本社特派員東パ脱出記』
3 月 30 日(火) 読売新聞 『ダッカ“破局”への 2 週間 つかの間の安堵 砲声 3 発流血へ』

[参考]
3 月 26 日(金)米国 ABC ニュース『ムジブル、バングラデシュ独立を』

[補足説明]
日本人は、去る 11 月に東パのサイクロン/高潮に襲われた被災者に対し、募金・支援キャンペーンが類例のない盛り上がりを見せていた。東パ被災に注意を向けた日本人の目に入ってきたのは、12 月総選挙そして立憲対話であった。日本人は、パキスタン政治の現実、東西パ間の不平等な扱いについて理解を深め、総選挙で示された民意を踏まえ、どのような国造りをするのか関心を寄せた。
この時期、日本では、日米繊維交渉がこじれにこじれ、繊維業界を超え国民の間に米国に対する不満が溜っていた。他方、対中国交正常化に向けて中国ブームのうねりが日本社会に生れていた。米中の間でどういう立ち位置をとるべきか?中国との国交正常化をどういう図ればよいのか? これは日本のあり方、アジアとへの向き合い方そのものであり、日本人としてどうすれば良いのか、皆が意識せざるを得なかった。
そこに東パキスタンで武力弾圧が起こった。


 

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日本バングラデシュ協会 メール・マガジン 83号(2021年 3月号) 別冊 (p.21-26)