日本バングラデシュ協会  メール・マガジン76号(2020年10月号)巻頭言:『バングラデシュの小農の工夫が後押したチェーン除草』 京都大学東南研連携教授、会員 安藤和雄 他

日本バングラデシュ協会    メール・マガジン76号(2020年10月号)

 

日本バングラデシュ協会の皆様へ

■目次

1)巻頭言: 『バングラデシュの小農の工夫が後押したチェーン除草』

 京都大学東南研連携教授 会員 安藤和雄

2)会長寄稿:『堀口松城顧問より本協会に寄付』

会長 渡辺正人

3)会員寄稿:『ムジブル・ラーマン政権の課題と問題点―新国家建設にむけて

-ムジブル・ラーマン生誕100周年シリーズ 10ー

    福島応援プロジェクト代表 会員 長田満江

4)会員寄稿:『バングラデシュの新型コロナウイルス感染症への対応とムスリム社会』

東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所・教授 前理事 外川昌彦

5)会員便り:『コロナ禍におけるローマのバングラデシュ人街の様子』

                  在イタリア大使館 専門調査員 会員 清野佳奈絵

6)理事連載:『亜大陸をめぐるパワーゲーム』

-バングラデシュ独立・国交50周年記念シリーズ No. 4-

                        理事 太田清和

7)イベント、講演会の案内

8)『事務連絡』

 

■1)巻頭言:『バングラデシュの小農の工夫が後押したチェーン除草』

京都大学東南研連携教授 会員 安藤和雄

1.チェーン除草

2020年3月末に定年退職し、名古屋市内の実家に戻った。実家の農業規模はバングラデシュのSmall Farmer(小農)と同程度である。兼業の小農都市農家の生活が始まった。

我が家の稲作でもっとも大きな問題は雑草防除である。特にこの2~3年コナギ(写真1)が大発生している。2020年、今年の稲作ではなんとかコナギを防除したいと思い、2019年、昨年の冬に畦を修理して水を貯めやすくした。田植え後に水を深めに貯めて雑草防除ができるように改良した。今年、5月末の代掻きも丹念過ぎるほど行った。

これが田植え機で移植された苗の活着を阻害するという問題を起こしてしまうのだが、雑草防除を優先させたのである。日本では近年無農薬栽培や有機栽培が浸透しつつあり、稲作にもその傾向が出ている。除草剤を使わない田や、有機栽培の田ではコナギの発生が顕著で、コナギは除草剤抵抗性をすぐに獲得するので、毎年のように除草剤を変えなければならないという問題も指摘されている。

昨年までの私の田でのコナギの大発生の原因は、畦からの浸透で灌漑水を貯めにくかったこと、使用していた除草剤がコナギに効いていなかったのである。コナギの発生を抑えるために様々なユニークな技術が日本では生まれている。その一つがチェーン除草(写真2)である。田植え後1週間以内に、深水にしてチェーンをひっぱり、発芽直後のコナギの幼植物を浮かせて枯死させる方法である。

この技術を知ったとき、これはどこかで見たことのある技術だとピンときた。それは、JICA専門家としてタンガイル県の村で調査活動をしていた時の、地下水をエンジンポンプでくみあげて灌漑して作付けされていた高収量品種のボロ稲が移植された田でのことであった。

2.バングラデシュでの稲作で遭遇したショック

チェーン除草は日本の伝統的な稲作では「やってはならない技術」である。田植え後の新根が出て活着したばかりの苗を痛め、初期生育を抑えてしまうからである。日本の伝統的な稲作には苗半作という教えがある。健康的で元気な苗がよいとされ、苗の良し悪しが田植え後の活着と初期成育を左右すると言われてきた。チェーン除草はそれに反する。しかし、バングラデシュでの稲作観察とインターネットの情報から私は今年の稲作でチェーン除草を行った。当然まわりの人の不評をかった。しかしなんとか苗は持ちこたえてくれた。

バングラデシュでの稲作には心底驚かされたことが二度ある。一度目は、青年海外協力隊員の時、ノアカリ県の任地で見た乾期の高収量品種の灌漑ボロ稲作の苗であった。12月末から1月はじめ水のある泥状の苗代に催芽種籾が播種され、1月の最低温度が15℃を下まわり、田植え時期の1月末から2月初めには苗代はひび割れが入るほどに乾くことから、葉が黄色く枯れあがったような苗が田植えされていた。苗は枯死するか、活着が大幅に遅れ、分蘖(ぶんけつ)不足になるという私の予想ははずれ、2月、3月と気温の上昇とともに、枯れあがったような苗は十分に生育したのである。

二度目は先に述べたJICAの専門家として調査活動をしていた、1987年3月4日のことだった。二頭の牛に牽引させた、竹製の「歯」を櫛のようにつけて田の表面をひっかく、まぐわ(ビンダ)によって移植後の高収量品種のボロ稲が育つ田で除草が行われていた(「歯」の部分は水の中にあって写真では見えない)。その時の一枚が写真3である。私の日本の稲作に関する常識ではまったく理解不能であった。

このショックから私は、農民が主体的に開発した技術を「在地の技術」と定義する、という新しい発想を得ることができた。その典型事例としてこの除草技術を学会等々で発表してきた。土を砕く竹製の梯子状のモイという道具がビンダの代わりに使われることもあった。これらのタンガイル県の除草と灌漑水の漏水防止を兼ねた小農技術は、チェーン除草と発想を同じくしている。

チェーン除草がいつ頃から日本の稲作に登場したかは定かでないが、月刊誌『現代農業』2010年5月に特集されているので、この頃には全国的に使われはじめていたのだろう。実は、まぐわや、砕土農具のモイによる乾期の移植水田稲作での除草技術のルーツは、雨期の8月のピーク時に湛水深が1から2mの田で洪水が起きる前に乾田状態で直播される深水稲の散播アマン稲の伝統的栽培技術である。タンガイル県の私の調査村は典型的なジャムナ川氾濫原の村で散播アマン稲の栽培が伝統的に卓越していた。この除草技術は散播アマン稲の栽培技術から1970年代以降に盛んとなった高収量品種の灌漑移植ボロ稲の栽培技術への借用であった。まぐわか、梯子状のモイを使うのか、いつ行うのかについては、稲や田の状況によって実際は細かな対応が必要とされていた。タンガイル県の小農の知恵による応用技術だったのである。

3.小農の知恵という生き方のモデル

除草剤、殺虫剤、殺菌剤などの農薬や化学肥料の弊害が明らかになってくると、無農薬、有機栽培の価値が評価される。しかし、大規模な経営ではなかなかうまくいかないこともわかっている。手間とちょっとした工夫や作物の生育状況と耕地の環境状況に応じた臨機応変な対応が求められる。そこで小農技術の出番となる。チェーン除草にも同じことが言えそうで、ネットの情報通りにはなかなかいかなかった。こうした栽培技術の工夫と同様に、バングラデシュの小農たちは生活の中でも様々な工夫をこらしている。ハットと呼ばれる週単位で開催されることの多い定期市をうまく利用して農産物を売り、その小金で必要なものをハットで買う。収入源も農業以外にも他の生業をいろいろと組み合わせている。

青年海外協力隊員、JICA専門家、大学院でのフィールドワークと20代、30代のほとんどの時間を私はバングラデシュで過ごしてきた。特に村や村人たちには青年海外協力隊員として赴任した時以来、親近感をもってきた。特に交流を深めた小農の人々は、私に生きること、人間の社会、栽培技術を教えてくれた先輩でもあった。私は迷ったときや困難に直面した時にはよくバングラデシュの小農の人々のことを思い出す。

定年退職して、定職が無くなり、固定給という収入もなくなった。年金だけでは不足する。待ったなしの対応が迫られ、新しい生活のスタイルが求められている。なかなか難しい。バングラデシュの村々で接していた小農なら、どんな知恵を働かせるだろうかと、自問しながらの都市農家の生活である。

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