日本バングラデシュ協会 メール・マガジン92号(2021年11月号)巻頭言:『雨期があけヘモントカール(霜季)が到来する』 京都大学東南アジア研究所連携教授 会員 安藤和雄

日本バングラデシュ協会 メール・マガジン 92 号(2021年 11 月号)
日本バングラデシュ協会の皆様へ
■目次

■1)巻頭言:『雨期があけヘモントカール(霜季)が到来する』

京都大学東南アジア研究所連携教授
会員 安藤和雄

■2)現地便り:『バングラデシュ南部避難民(ロヒンギャ難民)キャンプの現状』

日本赤十字社国際部国際救援課
山根利江

■3)会員寄稿:『何故どうしてバングラデシュへ?』

山形ダッカ友好総合病院 ボランティア看護師
会員 小林レイ子

■4)会員寄稿:『黄金の輝きに魅せられて~バングラデシュとの出会いと活動~ 後篇』

エクマットラハンディクラフト 代表
会員 渡辺麻恵

■5)理事連載:『バングラデシュの独立に寄り添う(1971 年11 月): 全面戦争を前にしての外交戦』

-バングラデシュ独立・国交50 周年記念シリーズ No.18ー

理事 太田清和

■6) イベント、講演会の案内

■7)『事務連絡』

 


■1)巻頭言 『雨期があけヘモントカール(霜季)が到来する』

京都大学東南アジア研究所連携教授 会員 安藤和雄

 

季節の到来を告げる花木の香
金木犀がやっと、10月31日に名古屋の我が家の庭で咲きました。だいだい色をした小さなかわいい花が、甘い香りを放ちました。秋の金木犀は、春の沈丁花(ジンチョウゲ)、夏の梔子(クチナシ)とならび、季節を告げる日本の三大香木の一つです。バングラデシュでもこの時期、強い芳香を放つ花が楽しまれています。10月下旬になれば、雨期も終わりをつげ、ダッカでも最高気温は30℃を切るようになり、最低気温も25~20℃の範囲に入ってきます。10月中旬には季節はヘモントカール、すなわち霜季が始まります。この時期、バングラデシュの知人、友人から夕食の招待を受け、自宅に招かれたりすると、まだ湿り気の残る空気の中に、甘い強い香りが漂っていることに気づかれた方も多いことでしょう。この強い香りに雨期があけたのだと私は感じたものでした。

蛇をよぶ夜香花
香りとともに記憶に残っているのは、庭先で裸電球の灯に照らされた2mくらいに茂った濃い緑の葉と白い小さな花です。記憶が薄れているので、タンガイル県D村出身の友人のAさん

写真1 Hasnahenaヤコウカ (Cestrum nocturnum)
出所)https://icflora.blogspot.com/2012/01/hasnahena-ful-cestrum-nocturnum.html

(タンガイル在住)に記憶の花木のことをメールや電話で尋ねると、Hasnahena(ナス科 和名 ヤコウカ(夜香花)ではないかと、インターネットのウェブサイトに掲載された花の写真とエッセイが届きました。この時期にはHasnahenaとともに、Shiuli/Sheuli(モクセイ科、和名 ヨルソケイ夜素馨)もバングラデシュでは楽しまれています。Aさんによれば、タンガイルではHasnahenaがより好まれていて、雨期の終わりが盛りですが11~12月を除き一年中花をつけるそうです。Shiuliは10~11月にのみ開花するそうです。エッセイでは、Hasnahenaは、夜に咲き、強く香り、蛇を呼ぶと書かれています。蛇を招く話は印象的だったので私も覚えています。バングラデシュには猛毒をもった蛇が多く、夜の庭や村の道は大変危険なのです。Hasnahenaは常緑のナス科で夜に開花しますが、花はすぐには落花しません。しかし、Shiuliは落葉のモクセイ科で、夕方に開花し一夜で落花してしまいます。いずれも庭木や鉢植えされるようです。香とともに私の記憶にやきついていた花木はHasnahenaだったのです。Shiuliはヒンズー教徒の聖木で、インド西ベンガル州での公式の州花となっています。

霜季の農村風景

ヘモントカールである霜季は、伝統的に稲の収穫のピークとなる季節でもあり、日本人にとっては、ショナールバングラ(黄金のベンガル)のイメージに重なります。バングラデシュの季節は六季あります。西洋暦とともに公認されているベンガル暦の季節区分です。4月中旬にベンガル暦の第一月のボイシャック月が始まり、12ケ月で一年を一周する太陽暦です。季節は、夏、雨季、秋、霜季、冬、春とめぐっていきます。それぞれ2ケ月間が一つの季節となります。

写真2 Shiuliヨルソケイ (Nyctanthes arbor-tristis L)
出所)https://yamashina-botanical.com/botanical/ヨルソケイ/

10月中旬~12月中旬の霜季に収穫されるのは、アモン稲です。アモン稲はベンガル暦の季節である夏(4月中旬~6月中旬)から秋(8月中旬~10月中旬)の雨期に生育し、乾期に収穫されますが、アモン稲以外にも、雨期の始まりに作付されて7月末~8月上旬の洪水の水位がピークになる前の雨期の間に収穫されるアウス稲、乾期に入って作付され3月~5月の乾期の終わりに収穫されるボロ稲があります。栽培面積は、アモン稲が最大ですが、現在は、動力井戸灌漑の普及で改良品種ボロ稲の栽培面積もアモン稲に匹敵するようになりました。そしてこの時期は、水田裏作の耕起、播種作業が行われます。絵葉書などに用いられるショナールバングラのもう一つの代表的風景は一面に咲いた菜種の花です。霜季には、菜種や豆の播種作業も稲の収穫が終わり「畑」となった水田で行われます。

ヘモントカール霜季の語源的意味
ベンガルーサンスクリットー英語の学生用辞典(Haughton,1833)を参照すると、ヘモントはCold Season、語源的にはベンガル語のヒム、意味はCold, Frigid, Frost、と関係することが記されています。熱帯モンスーン気候下のバングラデシュでは霜は降りないのに、と思われる方も多いことでしょう。霜季の名まえのとおり、この時期には朝の気温が急激に下がりはじめて20℃前後から10℃台となり、田畑では朝露が小雨の後のように、土や植物を濡らします。また、時には昼まで消えない濃霧を発生させます。水田裏作の野菜や菜種、豆は、この濃霧や露が供給する水分でこの時期育つのです。霜季ではなく、露季とした方が、私のもっている季節感にはピッタリきます。四季ではなく六季としている季節感は、バングラデシュの村人たちの暮らしの中で養われた気温、雨や露、霧、洪水などのベンガルデルタの自然環境に対する敏感な実感に基づいていると私は思っています。

雨と気温の変化に敏感な村人たち
「バッドレ・バロ・シーテル・ジョルモ(ジョンモ)」という言い習わしをノアカリ県の村で雨に濡れながらアモン稲の生育調査をしていた時に私の調査を手伝ってくれていたGさん(60歳は超えていた農家の男性)から教えてもらいました。「バッドロ月の12日に寒さ(冬)が生まれる(始まる)」という意味です。ベンガル暦でバッドロ月は西暦の8月中旬から9月中旬ですので、バッドロ月12日は、西暦8月27日頃となります。Gさんの話では、バッドロ月12日前の時期には、雨に濡れても大丈夫だが、この日以降には雨に濡れて農作業をすると風邪をひくので気をつけなくてはならないといいます。バッドロ月はベンガル暦の季節では秋です。バッドロ月12日頃から気温は下がっていくのだというのです。バングラデシュの村人たちは一日の気温の変化にも敏感で、朝に池や川などで沐浴するのも、朝だと体が冷えても気温の上昇と共に身体が温まり風邪をひかないと諭されたことがありました。沐浴は遅くとも昼までにして夜は控えた方がよいというのです。理屈にあっています。バングラデシュの人たちは論理(ジュクティ)を使って考えるのが好きで、得意です。

身近な地球温暖化
我が家の庭の金木犀の話にはオチがあります。
10月上旬「こんなに枝を切ったら花も咲かない」と金木犀の開花を楽しみにしていた91歳の母から小言をもらいました。私の住む名古屋市北部の金木犀の開花時期は、稲刈り、秋祭りの頃、10月上旬だと言われています。枯れ枝もめだっていたので、梅雨の前に、庭の金木犀を思い切って強剪定していたのです。近所の庭木の金木犀も11月1日に多くの花をつけていたので、原因は他のようでした。JA尾張中央の「キンモクセイの管理~開花~」ウェブサイトに、2020年も例年よりも開花が遅れていたこと、また金木犀は近年秋に二度花を咲かすことがあり、開花の遅れや二度咲きは夏季から秋季の高温が影響していると記されていました。気温の変化が金木犀の体内時計を狂わせているのです。
バングラデシュでも確実に地球温暖化の影響があると思います。きっと身近な庭木にもその影響が出ていることでしょう。タンガイル県より北緯度で約1度北にあがったところのガイバンダ県で2018年に実施された県の被子植物調査によれば(Sarker et.al.2019 )、開花時期はHasnahenaが一年中、Shiuliは8月~9月と記載されていました。タンガイルと異なっています。これが地理的影響なのか、地球温暖化の影響なのか気になります。コロナ感染問題が一段落して再びバングラデシュの村を訪ねられるようになったら、ぜひ、身近な庭木や雑草の開花期などの変化を村人に尋ねてみたいものです。雨や温度の変化に敏感なバングラデシュの村人たちですから、きっと、待っていましたとばかりに話してくれることでしょう。楽しみです。

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