第38回行事 2021年11月13日 講演座談会報告 「バングラデシュに救援を~50年前の市民運動を振り返って~」

講 師 :

奈良安紀子(日本バングラデシュ友の会会長夫人)

鈴木 孝昌(日本ベンガル友の会メンバー)

渡 辺  博(日印サルボダヤ青年部メンバー)

有 光  健(日本バングラデシュ連帯委員会メンバー)

進 行 役 :大田 清和(日本バングラデシュ協会理事)

1.講演セッション
冒頭、進行役より、①1971年当時の時代背景と、②バングラデシュ救援の市民グループの全体図について説明が行われ、『日本ベンガル友の会』、『日印サルボダヤ青年部』、『日本バングラデシュ連帯委員会』が、主要な市民運動3団体あったと紹介されました。
(1)まず『日本ベンガル友の会』奈良毅会長の安紀子夫人が、亡夫奈良毅がなぜ日本ベンガル友の会を立ち上げたのか、それは自身の人生を踏まえ、苦しい立場の東パキスタンの学生たちを助けたいとの一途な思いからであったからであると語られました。
(2)次いで鈴木孝昌氏より『日本ベンガル友の会』では難民支援のため街頭募金、そして全国縦断キャンペーンを行ったが、メディアで取り上げられると大きな反響を呼んだ。至らぬ点もあったが、多くの方々に支えられ、市民の間に困っている人たちを助けようという温かい気持ちを湧きあがらせることができた、と述べました。
(3)そして渡辺博氏より、ヒンドゥー語を学び、日印サルボダヤ交友会に出入りするうちに、ガンディーの平和哲学に強く感化を受けた。そして『日印サルボダヤ青年部』のメンバーとして街頭募金活動を行ったと述べられました。
(4)さらに有光健氏より、『連帯』は関西(鶴嶋雪嶺関大教授)、名古屋(風媒社)、東京(高野秀夫江戸川区議)らの国内各地のグループがゆるいつながりもって活動していた。東パ出身の駐日パキスタン外交官のバングラデシュ忠誠を支援したり、神戸入港のパキスタン船の東パ船員23名の亡命を支援したり、行動主義的であったと、述べられました。

2.質疑応答セッション
(1)当時留学生として『日本ベンガル友の会』と一緒に救援活動を行ったアンワールル・カリムさんが、会場にお越しになり、貴重なお話を聞き、涙も出たと挨拶されました。
1971年に現地に駐在していた古家理事が、当時のバングラデシュ国旗を持参・掲示し、両国旗にもつながりのある逸話を紹介し、とても親日的な人々であると語りました。
(2)まず、なぜ1971年11月に市民運動が盛り上がったかとの論点については、講師たちよりは、印パ間の緊張が高まるニュースが増えた、戦争になる前に難民支援をしなくてはとの思いがあった、マスメディアに取り上げられたことが大きかったなどの説明がありました。
次いで、なぜ色々な思想の人たちが一緒にバングラデシュ救援運動をおこなったのかとの論点については、純粋に難民支援の人道的活動であった、左右などの政治的なことは考えたこともなかったとのお答えでした。
(3)会場から、当時救援を通じて関わった講師たちは、今のバングラデシュをどうみているかと質問があり、
これに対して、現地ダッカに在住経験しバングラデシュ人と交流することとなった、40周年独立記念式典で招待され、発展振りに驚いた、ガスエンジン機械整備のソフトのニーズがあると知り、これに貢献したい考えであるなど、バングラデシュとの関わりが続いていることなど述べられました。
(4)また、講師たちが独立問題に接したことは、それぞれの人生にとりどういう意味があったかとの質問もあり、
これに対して、現地バングラデシュ社会にあって、何事にもこだわらない、清濁合わせて受け入れる生き方を学んだ、この生き方がバングラデシュを愛することである、幸いにも信頼できる友達を持つことができ、『豊田佐吉物語』を出版し、余生をダッカの学生に機械技術を教えようと考えている、色々な社会問題に取り組んできたが、その入り口であった、などの答えがありました。

尚 会員の方は当日のビデオを「協会行事及び記録動画視聴他」にアクセスしていただければ視聴することができます。